五条大橋を西に渡り、河原町通を超え富小路通で南に曲がると、お寺や神社が密集しています。
商業ビルが建ち並ぶ五条通から富小路通に入れば、京都はどこに行っても寺社だらけと言われるのを実感します。
さて、この界隈には、上徳寺と市比売神社(いちひめじんじゃ)が建っており、どちらも子授けと安産のご利益を授けてくれると信仰されています。
どちらを祈願するにしても、同じご利益を授けてくれるお寺と神社が近くにあるのは参拝者にとって手間が省けてありがたい。
世継地蔵が有名な上徳寺
上徳寺には、世継地蔵(よつぎじぞう)と呼ばれるお地蔵さまが祀られており、良い世継を授かると信仰されています。
五条通から富小路通を南に入った右手に山門を開いているのが、その上徳寺。
京阪電車の清水五条駅からだと、西に徒歩約5分。
地下鉄の五条駅からだと東に徒歩約7分です。

上徳寺
山門をくぐると正面に本堂が建っています。
さらに奥に進むと、左側に高さ2メートルを超える世継地蔵を祀る地蔵堂が現れます。

世継地蔵
地蔵堂の壁には、書籍の一部をコピーしたものと思われる世継地蔵の由来が貼られているので紹介しましょう。
明暦3年(1656年)。
上徳寺の本尊に篤く帰依していた一族の中に八幡に住む清水氏という人がいました。
清水氏は、一子を失っており、世継の子が恵まれますようにと念じてお堂にお参りしていたところ、7日目の夜、夢中に等身大の地蔵尊が現れ、「われを石に刻み、祈念すべし」とのお告げがありました。
さっそく、地蔵尊を写し、石に刻んで、寺内に一宇を建立して安置し、不断に世継を祈願。
やがて、立派な子を授かり家運長久し、子孫は繁栄したそうです。
また、享保年間(1720年頃)、住僧玄誉岩超が夜中に勤行していた際、夢中で以下の地蔵尊のお声を聞いたという。
我が欲する所の誓願は世に、子なきものには子を授け、子孫相続し、その家の血縁絶えやらず、家運長久ならしめ、幸福薄きものには福を与うべし
これが世に広まり、ご加護をうけご利益を授かること著しく、世継を授かり、家内福寿、諸縁吉利に歓喜する人々が限りなかったそうです。
こうして、京の「よつぎさん」と親しまれるようになり、2月8日の功徳日に催される世継地蔵大祭には、現在も大勢の参拝者が訪れています。
地蔵堂の壁にも、奉納された多くのよだれかけが掛かり、世継を授かろうと訪れる参拝者が絶えないことを想像させる。

奉納されたよだれかけ
当寺では、五角形の絵馬を逆さまにして赤ちゃんのよだれかけに見たてた「よだれかけ絵馬」も授与しており、本物のよだれかけに混ざって当絵馬が奉納されているのも見られます。
地蔵堂の後ろには、はがため地蔵尊を祀る小堂も。

はがため地蔵尊
歯を守護して寿命を延ばしてくれるお地蔵さまですから、赤ちゃんの歯だけでなく高齢者の歯にもご利益を授けてくれるのでしょう。
皇室や公家も崇敬した市比売神社
上徳寺から富小路通を南に進み、最初の交差点を左折して河原町通と交わるところまで歩くと、右手に市比売神社の入り口が見えてきます。
境内はマンションと一体になっていて、ちょっと見つけにくいですが、近代的な建物に古風な門が北向きに開かれているで、その違和感で気づくかと思います。

市比売神社
もとは七条堀川にあり、官営市場の京の市の守護として五柱の女神を祀っていましたが、天正19年(1591年)に豊臣秀吉の命により現在地に移転しています。
入口からまっすぐ進むと本殿があり、さらに奥に入っていくと、天之真名井(あめのまない)と呼ばれるご神水が細い竹筒を伝って、つくばいに流れ落ちています。

天之真名井
当社は、清和天皇から後鳥羽天皇にいたる27代の間、皇室や公家から崇敬を受け、皇子や皇女の誕生ごとに天之真名井を産湯に加え使ったと伝えられています。
また、お食い初め(おくいぞめ)の発祥となる五十日・百日之餅(いかももかのもち)の神事が行われ、市之餅(いちのもち)と呼ばれる産餅(うぶもち)が授与されてきた歴史も持っています。
秘像の女神像は、母神が童神を抱く姿をしているそうで、歴代皇后から篤く信仰されてきたとも。
天之真名井の後ろには、授与品の姫みくじが、こぼれ落ちそうなほどたくさん奉納されています。

姫みくじ
これを見るだけでも、多くの女性が、今もなお市比売神社に参拝していることがうかがえますね。
上徳寺の世継地蔵は民間に信仰が広まったのに対し、市比売神社は宮中から崇敬されてきた点で異なっていますが、子授けや安産を願う人々がお参りをしてきたという点では共通しています。
もとは離れた場所にあった上徳寺と市比売神社が、現在、近接しているのに何かの縁を感じる。
どちらかに子授けや安産の祈願に訪れるのなら、もう一方にもお参りしておきたいですね。