京都市西京区に松尾山を背にして月読神社(つきよみじんじゃ)という神社が建っています。
祀られているのは、月読尊(つきよみのみこと)で、日本神話ではツクヨミとされます。
壱岐から京都へ
月読神社には、阪急電車の松尾大社駅から南西に約10分歩くと到着します。
当社は、朱色の大鳥居が目立つ松尾大社(まつのおたいしゃ)の摂社。
そのためか、入口には朱色の鳥居が建っています。

鳥居
鳥居の後ろには石段、その上に神門が開かれており、誰でも参拝して良いことがわかる。
松尾山に抱かれるように造られた境内は、緑に覆われ、中央に拝殿が建っています。

拝殿
拝殿の後ろには、月読尊を祀る本殿。

本殿
拝殿と比較すると、小ぶりな印象。
説明書によれば、当社は、元は壱岐氏によって壱岐島に海上の神さまとして奉斎されていたとのこと。
顕宗3年(487年)に阿閉臣事代(あべのおみことしろ)が朝鮮半島に遣わされる際に壱岐で月読尊がよりついて託宣をしたので、これを天皇に奏上して山城国葛野郡歌荒樔田(やましろのくにかどのぐんうたあらすだ)の地に社を創建。
斉衡3年(856年)に松尾山南麓の現在地に移ったと伝えられています。
伊弉諾命の右目から誕生した神さま
伊弉諾命(いざなぎのみこと)が、黄泉(よみ)の国へ妻の伊弉冉命(いざなみのみこと)に会いに行くと、醜い姿に変わり果てていました。
それに恐怖した伊弉諾命は、必死になって逃げる。
見てはならぬと言ったのに自分の姿を見られた伊弉冉命は、怒り狂って伊弉諾命を追いかける。
なんとか黄泉の国を脱出できた伊弉諾命は、穢れを祓うため、川に潜って身を清めます。
そして、水面に顔を出した伊弉諾命は顔をぬぐう。
すると、左目からは天照大神、右目からは月読尊が誕生し、最後に鼻を洗うと素戔嗚尊(すさのおのみこと)が生まれました。
伊弉諾尊は、これまでにたくさんの神さまを生んできましたが、最後に生んだこの3柱の神さまが最も尊いとして、三貴子(みはしらのうずのみこ)と呼ぶことにしました。
天照大神と素戔嗚尊には、数々の伝承が残っていますが、月読尊の話はほとんどありません。
月読尊が、保食神(うけもちのかみ)を殺したら、その体からいろんな穀物や家畜が生まれ、人々がそれらを育てて生活するようになったとの神話が残るくらい。
ただ、その名からも想像できるように月読尊は月神であることから、暦や季節を司る神さまとして崇められるようになります。
また、月の満ち欠けから、再生と万死をもたらす神さまとしても信仰されています。
そういったことから、五穀豊穣や不老長寿のご利益を授けてくれると信じられるようになりました。
普段から人が少ない月読神社。
日本神話での登場が少ないことから、松尾山のふもとにひっそりと創建したのではないかと考えてしまいます。
なお、月読神社の詳細については以下のページを参考にしてみてください。