初夏の大谷祖廟にサツキを見に行った・2026年
5月15日に京都市東山区の円山公園にサツキとカキツバタを見に行った後、南隣に建つ大谷祖廟に参拝しました。 大谷祖廟は、東本願寺の親鸞聖人の廟所。 この時期は、参道の両脇に植えられたサツキが咲き、参拝者の目を楽しませてくれます。
5月15日に京都市東山区の円山公園にサツキとカキツバタを見に行った後、南隣に建つ大谷祖廟に参拝しました。 大谷祖廟は、東本願寺の親鸞聖人の廟所。 この時期は、参道の両脇に植えられたサツキが咲き、参拝者の目を楽しませてくれます。
5月15日に京都市東山区の八坂神社にサツキを見に行った後、東隣にある円山公園を散策しました。 この時期の円山公園では、池でカキツバタが見られ、園内の各所でサツキも咲き始めます。 また、桜やカエデも多く植わり、明るい色調の青葉が公園全体を優しい緑色に包み込みます。
5月15日に河原町丸太町に葵祭の路頭の儀を見に行った後、南東に約15分歩き、京都市左京区の要法寺(ようぼうじ)に参拝しました。 要法寺では、毎年、ゴールデンウィーク頃に清涼池でカモの雛が産まれます。 そのまま1ヶ月ほど要法寺で過ごした後、親子そろって鴨川に引っ越しする光景は、メディアでも取り上げられることが多いですね。 今回の参拝は、カモの雛とそろそろ咲き始めているサツキを見ることが目的です。
5月15日に要法寺にサツキを見に行った後、南に約8分歩き、京都市東山区の八坂神社に参拝しました。 八坂神社では、毎年5月中旬から下旬にかけて、西楼門前でサツキが花を咲かせ、祇園石段下を1年で最も明るく装います。 例年だと、まだ咲き始めなのですが、今年はすでにあちこちでサツキが開花しているのを見ていたので、八坂神社でも良い具合に咲いているのではないかと思い訪れた次第です。
5月15日。 河原町丸太町に葵祭の路頭の儀を見に行ってきました。 葵祭は、上賀茂神社と下鴨神社の例祭で、その中の路頭の儀は、毎年、多くの観光客が沿道で観覧します。 午前10時30分に京都御所を出発した路頭の儀の行列は、下鴨神社を経由した後、夕方に上賀茂神社に到着します。 平安装束に身を包んだ列は、京都三大祭の中で最も雅で京都らしい風情を感じられますね。
天皇家を二分して50年以上に渡る騒乱が繰り広げられた南北朝時代。 大覚寺統の後醍醐天皇が吉野に開いた南朝に対して、足利尊氏が持明院統の光厳天皇(こうごんてんのう)を擁立して開いたのが北朝。 両天皇ゆかりの史跡が、旅行者や観光客で賑わう京都市右京区の嵯峨嵐山に残っています。
人や車の行き来が多い四条烏丸の交差点から南に約3分歩き、高辻通を東に入って再び東洞院通を南に曲がり進んだ先、左手に京都らしい風情を感じさせる町家が建っています。 ここは、燈籠町会所(とうろうちょうかいしょ)で、7月の祇園祭に保昌山(ほうしょうやま)を出します。
京都市右京区の嵯峨野に建つ常寂光寺の東。 この付近は、小倉餡発祥の地とされ、今も開発されることなく、のどかな景色が残っています。 その北には、石造りの鳥居が立ち、見る人が見れば、すぐに天皇陵もしくは皇族関係者のお墓だと気づきます。 ここは、嵯峨天皇の第8皇女の有智子内親王(うちこないしんのう)の墳墓です。
千年以上に渡り都が置かれた京都は、街の発展にともない経済的に重要な都市となっていきました。 経済発展した都市では、人や物の行き来が盛んになるもの。 しかし、京都は海に面しておらず、しかも、盆地であることから流通に難を抱え、他の都市との競争で遅れを取ってしまうとの危機感が持たれていました。 その解消のために利用が計画されたのが、隣県滋賀の琵琶湖。 江戸時代には、琵琶湖から京都に運河を造り、舟運で物資を輸送する案が何度も浮上しましたが、当時の土木技術では画餅に過ぎず実行に移されることはありませんでした。
京都市内には、多くの町家が残っています。 最近は、取り壊されていくものもありますが、外観はそのままに飲食店や宿に改装して存続している町家をよく見るようになりました。 京都のビジネス街の四条烏丸では、特に町家が目につきますが、それは、ここが祇園祭の鉾町で多くの町会所があるから。 四条通から新町通を北に2分ほど歩いた辺りに建つ古結棚町会所(こゆいだなちょうかいしょ)もその一つ。