京都の交通一覧

蹴上船溜と南禅寺船溜の高低差を乗り越えるために活躍したインクライン

千年以上に渡り都が置かれた京都は、街の発展にともない経済的に重要な都市となっていきました。 経済発展した都市では、人や物の行き来が盛んになるもの。 しかし、京都は海に面しておらず、しかも、盆地であることから流通に難を抱え、他の都市との競争で遅れを取ってしまうとの危機感が持たれていました。 その解消のために利用が計画されたのが、隣県滋賀の琵琶湖。 江戸時代には、琵琶湖から京都に運河を造り、舟運で物資を輸送する案が何度も浮上しましたが、当時の土木技術では画餅に過ぎず実行に移されることはありませんでした。

琵琶湖疏水の力で日本で最初に路面電車を走らせた京都

日本で最初に路面電車が走ったのは東京だと思われがちですが、それはまちがいで正しくは京都です。 日本初の路面電車は、京都電気鉄道が明治28年(1895年)に七条停車場から竹田街道を南下する伏見線を走らせました。 東京よりも早く京都が路面電車を走らせることに成功したのは、当時の京都の事情を知るとなるほどと納得します。

水力発電で光る渡月橋の歩道

京都市で人気のある観光地の嵐山には、桂川に渡月橋(とげつきょう)という橋が架かっています。 江戸時代以前に木材だけを使って架けられたような外観をしていますが、車道と歩道はアスファルトに覆われ、バスや自動車が通っても壊れない頑丈な橋になっています。 そんな古めかしい渡月橋ですが、夜になると歩道に設置されている花崗岩でできた行灯が水力発電により点灯するという仕掛けが施されています。

ぴかぴかに蘇った三条大橋・2024年

元日に鴨川に架かる三条大橋を渡りました。 三条大橋は、2023年に工事が実施されていましたが、2024年の元日に訪れた時には工事が終わっていました。 前回の橋の補修が昭和49年(1974年)ですから、約50年ぶりに橋が更新されたことになります。 新年から、ぴかぴかになった三条大橋を渡ると、何か良いことがありそうです。

江戸時代は京都の玄関だった三条大橋

現在の京都の玄関口となっているのは、下京区の京都駅です。 国内だけでなく、海外からも京都にお越しになる人が増えていますが、京都に入る場合、ほとんどの方が京都駅を利用します。 ところで、京都駅は、昔から京都の玄関口だったのでしょうか。 実は、江戸時代には、京都駅から3kmほど北にある三条大橋が京都の玄関口でした。

伏見桃山駅の近くにある京阪バス発祥の地を示す石碑

京都市内をバスで移動する場合、市バスを利用することが多いです。 その次に利用することが多いのは、京都バスでしょうか。 京都市内には、複数のバス会社のバスが走っているので、目的の観光名所にバスで行けないことはほとんどありません。 大阪でよく走っている京阪バスも、京都市内で乗ることができますね。 この京阪バス、実は、発祥は京都市伏見区なのです。

油掛通にある電気鉄道事業発祥の地の石碑

京都市伏見区に油掛通という名の道路があります。 その名は、通りに西岸寺(さいがんじ)というお寺があり、そこに油掛地蔵が祀られていることが由来とされています。 さて、油掛通には、「我国に於ける電気鉄道事業発祥の地」と刻まれた石碑があります。 そう、日本での電鉄の営業は、京都市から始まったのです。

清水焼発祥の地・五条坂

京都の名産品で思い浮かべるものは何でしょうか。 西陣織がすぐに思い浮かぶ方もいらっしゃるでしょうし、京友禅だと言う方もいらっしゃるでしょう。 そして、清水焼が真っ先に思い浮かぶという方も多いかと思います。

四条通の歩道が広くなって観光客が歩きやすくなった

2014年の秋から2015年秋にかけて京都市中心部を東西に走る四条通の歩道拡幅工事が行われています。 すでに6月末時点では、部分的に歩道が広げられており、歩行者が快適に歩けるようになっています。 旅行や観光で京都に訪れた方にとって、広々とした歩道は今までよりも利便性が増し、さらに国内外からの旅行者が増えそうです。

帰ってきて欲しくない人には戻橋を通らさない

京都市上京区の堀川に一条戻橋という橋が架かっています。 この橋には、様々な伝説があります。 有名なところでは、平安時代に文章博士であった三好清行(みよしきよつら)の葬儀の行列が、戻橋を渡っているときにその子の浄蔵が紀州熊野から帰ってきて棺に泣きすがっていると、清行が一時的に蘇生して父子の対面が実現したというものがあります。 戻橋という名は、この言い伝えが由来になって付けられたものだと言われていますね。