初秋に石清水八幡宮に参拝した・2026年
9月下旬。 まだ気温は高めですが、暑かった夏が終わり、散策するのに適した気候になってきました。 ということで、京都府八幡市の石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)に参拝することに。
9月下旬。 まだ気温は高めですが、暑かった夏が終わり、散策するのに適した気候になってきました。 ということで、京都府八幡市の石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)に参拝することに。
京都市東山区の智積院(ちしゃくいん)に運敞蔵(うんしょうぐら)という建物が建っています。 当院に何度もお参りに行っている人でも、運敞蔵を見たことがある人は少なそうですし、近くを通ったことがあっても気付かず素通りしている人も多そうです。 外観だけだと、ただの倉庫にしか見えないですからね。
京都市左京区の神楽岡には、宗忠神社が鎮座しています。 神楽岡を東に下ったところに立つ鳥居の両脇に逆立ちする狛犬がいることで有名ですね。 その狛犬から東に進むと、左手に開けた土地が見えてきます。 ここは、第57代陽成天皇の御陵、すなわち、陽成天皇神楽岡東陵(ようぜいてんのうかぐらがおかのひがしのみささぎ)。
京都市は空から見下ろすと碁盤の目のようになっているのがわかります。 これは、南北の道路と東西の道路が、何本も交わっていることが理由。 ただ、道路の幅は、どれも同じではなく、広い道路もあれば狭い道路もあり必ずしも均整がとれているとは言えません。 また、路地や辻子などもあちこちにあるので、完全な碁盤の目でもありません。 京都市内で、特に道幅が広い道路は、堀川通、御池通、五条通ですが、かつては、今ほどの広さはありませんでした。 これらの道路が広くなったのは、戦時中の強制疎開が理由です。
京都市左京区は、南禅寺や平安神宮といった人気の観光名所が多いものの、住宅地であることからホテルは少なめ。 そのため、左京区を中心に観光をする場合でも、ホテルは京都駅や烏丸御池など、離れた場所に予約するのが無難です。 ただ、近年は左京区にもホテルが建設され始め、当エリアの観光名所周辺でも宿泊しやすくなっています。 今回は、2020年以降、左京区に新規開業した高級ホテルを紹介します。
鴨川に架かる四条大橋は、そこにあることが当たり前になっていますが、昔は、橋が架かっていたり架かっていなかったりということが幾度もありました。 架かっていた橋がなくなる原因のほとんどは洪水。 四条大橋は何度も流失し、架け替えが繰り返されてきたのです。
京都市下京区に建つ西本願寺は、浄土真宗本願寺派の本山ということもあり、境内は広く、様々な文化財も保存しています。 それら文化財の中には、かつて、右京区の太秦(うずまさ)に建つ広隆寺で使われていた梵鐘もあり、重要文化財に指定されています。
明治から昭和の俳人・高浜虚子は、何度も京都を訪れ俳句を読んでいます。 京都市東山区の智積院(ちしゃくいん)にも参拝したことがあり、その時に読んだ俳句を刻む石碑が当院の講堂前に置かれています。
京都市は、戦時中に空襲を受けることが少なかった都市です。 それでも、昭和20年(1945年)に入ると1月に東山の馬町が空襲を受け、その後も、右京区の太秦(うずまさ)や上京区の西陣などが被害に遭っています。 日本各地で空襲が激しくなったのを受け、昭和19年に内務省により重要施設の隧道(ずいどう)式防空壕への移転が進められ、京都でも同20年1月から府庁を防空壕に移すための工事が始まりました。 府庁の移転場所に決まったのは、東山七条の私立絵画専門学校裏の丘陵地と蹴上の都ホテルの地下でした。
京都市伏見区の伏見稲荷大社は、近年、海外からたくさんの旅行者が訪れるようになっています。 境内を見渡せば、旅行者の服装がまちまちなので、文化の異なる様々な国からお越しであることがわかります。 伏見稲荷大社は、千本鳥居やお山めぐりなど、見るもの、体験するものがたくさんあり、それが人気の理由と思われます。 摂社や末社も多く、それらに混ざって建つ奥宮も、伏見稲荷大社では別格とされているので参拝しておきたいですね。