源経基が子孫繁栄を祈った六孫王神社の神龍池

京都市南区の東寺の北西に六孫王神社(ろくそんのうじんじゃ)という社が建っています。

かつては、広大な敷地を有していた当社ですが、国鉄の新幹線の建設などで境内が削られ、現在はスーパー1店舗分くらいの規模に縮小しています。

それでも、境内の中央には神龍池が残り、往時の面影を今に伝えています。

源経基の子孫繁栄の願いが神龍池の由来

六孫王神社には、近鉄電車の東寺駅から北西に約15分歩くと到着します。

境内に入ると、西に建つ本殿へと延びる石畳の参道があり、両脇に数本並んだ朱色の灯籠が、どことなく平安時代の雅な雰囲気を感じさせる。

参道

参道

中ほどまで進むと、参道は神龍池をまたぐように反り橋に変わります。

池と言っても、南半分には水を張っていないことが多い。

雨が降ると、ここにも水が貯まるのでしょうか。

神龍池

神龍池

六孫王神社は、応和3年(963年)に源満仲が父経基の死を悼み、その邸宅跡に創建したのが始まり。

経基は、清和天皇の第六皇子貞純親王(さだずみしんのう)の長男であったことから、天皇から見て孫にあたります。

社名の六孫王は、それが由来。

清和天皇の祖とされる経基は、亡くなる前に死んだ後も龍となって西八条の池に住み、子孫の繁栄を祈るからこの地に葬るようにと遺言し、子の満仲がそのとおりに埋葬します。

境内の池が神龍池と呼ばれるのは、経基の遺言にちなみます。

参道の近くの少し飛び出した場所には、「伝説の神龍池 神龍拝所」と記された立札と小さな社が建つ。

神龍拝所

神龍拝所

ここから水が張られた北半分の神龍池を拝すことができます。

後の源氏の繫栄をみると、経基の願いは叶ったと言え、六孫王神社は子孫繁栄、家運隆昌、出世開運のご利益があると、今も信仰を集めています。

誕生水弁財天社

神龍池のほとりには、誕生水弁財天社も建っています。

誕生水弁財天社

誕生水弁財天社

満仲が誕生時、健育、知育のため、井戸の上に竹生島の弁財天を勧請(かんじょう)し、安産を願って祀ったのが当社の始まりで、井戸水は満仲の産湯に使われたと伝えられています。

そのような言い伝えから、誕生水弁財天社は安産のご利益を授けてくれると信仰されています。

六孫王神社は、春になると境内一面が桜花に包まれ、たくさんの観光客で賑わいます。

薄紅色の花と一緒に見る誕生水弁財天社の前の朱色の欄干も情緒がありますね。

桜を見に六孫王神社に参拝した際に子孫繁栄や家運隆昌を祈願してはいかがでしょうか。

なお、六孫王神社の詳細については以下のページを参考にしてみてください。

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