「2026年08月」一覧

晩夏の淀城跡公園にハスを見に行った・2026年

8月末。 京都市伏見区の淀城跡公園を訪れました。 淀城跡公園には、今も堀が残り、その中にハスが植わっています。 この堀で発見された淀姫という品種で、毎年9月初旬まで花を咲かす花期の長いハスです。 ハスは、8月上旬頃に見ごろを終えるものが多く、夏が終わろうとするこの時期まで見られる淀姫は珍しいですね。

二帖半敷町は五条寺を分割したのが由来

京都市下京区の四条烏丸の交差点から烏丸通を南に200メートルほど歩いた場所は、二帖半敷町(にじょうはんじきちょう)という町。 しかし、二帖半敷町を町名で呼ぶ人はまれ。 いや、二帖半敷町以外も、町名で呼ばれることが少ないのが京都の特徴です。 だいたい南北の通りと東西の通りで、その場所を指すことが多く、北は綾小路通、南は仏光寺通に挟まれた二帖半敷町は、烏丸通綾小路下ルや烏丸通仏光寺上ルなどという方が馴染みがあります。 その二帖半敷町ですが、町名の由来は五条寺にあると伝えられています。

糺の森は賀茂川と高野川の合流地点が由来

糺(ただす)の森は、京都市左京区に残る原生林。 下鴨神社が鎮座する地として古くから京都人に親しまれてきた地。 森の中に入ると気温が幾分低く感じられることから、暑い夏でも比較的涼しく感じられます。 糺の森の語源は諸説ありますが、この辺りの地形が由来とする説が現在に伝えられています。

京都観光で小回りがきくレンタサイクルを用意しているホテルを探してみました

近年、京都観光の足として便利だった市バスが、旅行者の増加で混雑しています。 乗ろうと思っても、満員で次のバスを待たなければならない場合もあり、市バスを観光に使うのは以前ほど利便性を感じられなくなっています。 それなら電車に乗ることになりますが、目的地の近くに駅がない場合もあり、市バスのように目の前まで連れて行ってもらえない欠点があります。 そこで、第三の選択肢として浮上しているのがレンタサイクル。 自転車なら、小回りがきくので、目的地まですいすい走っていけます。 自転車乗り入れ禁止の場所もありますが、上手に使えばバスや電車より時間を節約して観光できます。 と...

不明門通の由来は平等寺の閉ざされた正門

京都には難読地名がいくつもあり、下京区の不明門通もその一つ。 普通に読めば「ふめいもんどおり」ですが、勘の良い人はそのまま読むのはまちがいと気づき、「あかずのもんどおり」と答えるかもしれませんね。 でも、それも違います。 「不明門通」は、「あけずどおり」と読みます。 ところで、その不明門通は、なぜこのような名になったのでしょうか。

まんじゅうが由来の饅頭屋町

京都市中京区に饅頭屋町(まんじゅうやちょう)という町名があります。 北は三条通、南は六角通まで、三条通の西側一帯と東側の一部が饅頭屋町で、その名から想像できるようにまんじゅうが由来。 実は、京都の饅頭屋町は、東京にあるお菓子の老舗「塩瀬総本家」とも深い関係があります。

近接する上徳寺と市比売神社はともに子授けと安産のご利益を授けてくれる

五条大橋を西に渡り、河原町通を超え富小路通で南に曲がると、お寺や神社が密集しています。 商業ビルが建ち並ぶ五条通から富小路通に入れば、京都はどこに行っても寺社だらけと言われるのを実感します。 さて、この界隈には、上徳寺と市比売神社(いちひめじんじゃ)が建っており、どちらも子授けと安産のご利益を授けてくれると信仰されています。 どちらを祈願するにしても、同じご利益を授けてくれるお寺と神社が近くにあるのは参拝者にとって手間が省けてありがたい。

京都ブライトンホテルとハイアットリージェンシー京都が営業終了。そして新ホテル開業へ。

京都で長年親しまれてきた2つの高級ホテルが、近々、営業を終了することが発表されています。 ひとつは上京区の京都ブライトンホテル、そして、もうひとつは東山区のハイアットリージェンシー京都です。 近年、京都はオーバーツーリズムが大問題になるほど人が増えているので、宿泊施設の数も増やさないと旅行者の滞在に影響が出ます。 それなのに京都で知名度が高い両ホテルが営業終了するのには、どういう理由があるのでしょうか。

本圀寺跡から出土した僧名が墨書された陶磁器

堀川五条の交差点から堀川通を北に約100メートル歩き、万寿寺通を西に曲がると、「南無妙法蓮華経」と刻まれた背の高い題目碑が立っています。 ここは、かつて本圀寺(ほんこくじ)があった場所。 当寺は、昭和44年(1969年)に山科に移転し、その跡地には、一部にお寺が見られるものの、商業ビルやマンションが建ち並び日蓮宗の大本山がここにあったとは想像できない景観になっています。 この本圀寺跡ですが、昭和60年に平安博物館による発掘調査が行われた際、僧名が墨書された陶磁器が多数出土しています。

淀千両松にある戊辰役東軍戦死者埋骨地の慰霊碑

慶応4年(1868年)1月3日に始まった鳥羽伏見の戦いは、薩摩藩と長州藩を中心とした新政府軍が、旧幕府軍を火力で圧倒します。 1月4日には、新政府軍が錦の御旗を掲げ、旧幕府軍を構成する会津藩や新撰組は、伏見の南西に位置する淀まで撤退。 そして、翌5日には、淀の千両松で新政府軍と旧幕府軍が再び戦闘を繰り広げ、当地は鳥羽伏見の戦いにおける激戦地となりました。 現在、千両松には「戊辰役東軍戦死者埋骨地」と刻まれた慰霊碑が立っています。