春日大社から分霊を迎えた京都の神社

奈良市に春日大社という有名な神社があります。

創建は神護景雲2年(768年)。

称徳天皇の勅命により武甕槌命(たけみかづちのみこと)、経津主命(ふつぬしのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、比売神(ひめがみ)を祀ったのが始まりと伝えられ、藤原氏ゆかりの神社としても知られています。

都が平城京から長岡京を経て平安京に遷った後、藤原氏も京都に移りました。

そのような経緯から、京都には、春日大社の分霊を勧請(かんじょう)して創建した神社がいくつかあります。

天児屋根命は中臣氏と藤原氏の祖先神

春日大社に祀られている天児屋根命は、天照大神に仕える祭官の神さまで、天照大神が天の岩戸に隠れた際、太祝詞(ふとのりと)を唱えたと伝えられています。

そういうこともあり、天児屋根命は、神職が祭事で唱える祝詞の神さまとして崇められています。

この天児屋根命は、中臣氏と藤原氏の祖先神であることから、春日大社は両氏にとって重要な神社と考えられます。

中臣氏は、もともと河内国の枚岡神社(ひらおかじんじゃ)で天児屋根命の祭祀を行うのが役目。

それが、大化の改新(645年)で中臣鎌足が手柄を立てて出世していくと、藤原の姓を名乗るようになります。

後に藤原氏は政治の道を進み、中臣氏はこれまでのように祭官であり続け、両氏は分かれることに。

春日大社では、天児屋根命を祀る他、中臣氏の鹿島神宮と香取神宮からも武甕槌命と経津主命を迎え、さらに春日神に仕える巫女の霊とされる比売神も祀られ、これら4柱の神さまは総称して春日大神(かすがのおおかみ)と崇められています。

 

吉田神社

京都市左京区の吉田山に鎮座する吉田神社は、藤原山蔭(ふじわらのやまかげ)が、貞観元年(859年)に春日大神の分霊を勧請(かんじょう)し、氏神として祀ったのが始まり。

祭神は、建御賀豆知命(たけみかづちのみこと)、伊波比主命(いはいぬしのみこと)、天之子八根命(あめのこやねのみこと)、比売神です。

伊波比主命は、経津主命の別称。

その他の神さまでも漢字の表記が異なっていますが、春日大社の神さまと同じです。

吉田神社

吉田神社

吉田神社は、京都における藤原氏の氏神とされ、朝廷からも崇敬を受けてきた歴史を持っています。

八百万の神を祀る斎場所大元宮や大賑わいの節分祭が有名です。

 

西院春日神社

京都市右京区の阪急電車の西院駅から北に約5分歩いたところに建つ西院春日神社(さいいんかすがじんじゃ)も、春日大社から分霊を迎えています。

天長10年(833年)に淳和天皇が仁明天皇に皇位を譲り、淳和院に遷った際、その守護神としたのが当社とのこと。

西院春日神社

西院春日神社

祭神は、建御賀豆知命、伊波比主命、天児屋根命、比売神。

当社も吉田神社と同じく経津主命を伊波比主命としています。

西院春日神社には、疱瘡石が伝わっています。

淳和天皇の皇女である崇子内親王(たかこないしんのう)が疱瘡(ほうそう/天然痘)になった際、神前の霊石に疱瘡が生じ、たちどころに治癒したという。

現在でも、皇室の崇敬が篤く、また、全国から祈祷や守札を受ける参拝者が後を絶たないそうです。

 

大原野神社

京都市西京区の大原野に鎮座する大原野神社は、延暦3年(784年)の長岡京遷都に際し、桓武天皇の皇后である藤原乙牟漏(ふじわらのおとむろ)が、春日大社の神霊を勧請したのに始まると伝えられています。

大原野神社

大原野神社

祭神は、建御賀豆知命、伊波比主命、天之子八根命、比咩大神(ひめおおかみ)。

こちらも、春日大社の表記とは少し異なりますが、同じ神さまです。

社殿は、嘉祥3年(850年)に藤原冬嗣が建立し、以来、藤原氏の氏神として信仰されています。

境内には、奈良の猿沢の池を模して造った鯉沢の池があるほか、春には、幻の桜と呼ばれる千眼桜が純白の花を咲かせることでも知られています。

 

春日大社の社殿は、白い壁に格子状に丹塗りが施されていますが、京都の春日大神を祀る神社も同じように格子状に丹塗りが施されています。

こういうところを見ると、春日大社を習って社殿を建立したのだろうと想像します。

奈良の春日大社だけでなく、春日大神を祀る京都の神社にも、ぜひお参りしてください。

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