「右京区」一覧

春日大社から分霊を迎えた京都の神社

奈良市に春日大社という有名な神社があります。 創建は神護景雲2年(768年)。 称徳天皇の勅命により武甕槌命(たけみかづちのみこと)、経津主命(ふつぬしのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、比売神(ひめがみ)を祀ったのが始まりと伝えられ、藤原氏ゆかりの神社としても知られています。 都が平城京から長岡京を経て平安京に遷った後、藤原氏も京都に移りました。 そのような経緯から、京都には、春日大社の分霊を勧請(かんじょう)して創建した神社がいくつかあります。

規模が縮小した神泉苑と嵯峨天皇の離宮の園池を引き継いだ大覚寺の大沢池

京都には、少ないながらも、平安時代初期に造営された庭園が残っています。 この頃の庭園は、禁苑、すなわち、宮中の庭園として、天皇の離宮や院御所に造営されました。 庭園には、大きな池が配されているのが特徴的で、桓武天皇の神泉苑や嵯峨天皇の嵯峨院、朱雀院などが知られています。 この中で現存している庭園は、神泉苑と現在は大覚寺となっている嵯峨院です。

長慶天皇嵯峨東陵と承朝王墓

京都市右京区の桂川に架かる渡月橋を北に渡ると、お土産物屋さんや飲食店が密集し、歩道は車道に溢れ出んばかりの観光客で賑わう。 そこから北東に5分ほど歩くと、人波は途絶え、木々がうっそうと茂る一帯にたどり着きます。 ここは、第98代天皇の長慶天皇の陵墓。 正式には、長慶天皇嵯峨東陵(ちょうけいてんのうさがのひがしのみささぎ)といいます。

京都にある天下の三鐘

お寺で見かけるものに鐘があります。 正式には梵鐘(ぼんしょう)といいます。 梵は、宇宙の全てをさすブラフマンが由来で、お寺の鐘は楽器として使われる鐘と区別し、神聖なものであることから梵鐘と呼ばれるようになりました。 インドのお寺では、木の板を鳴らしてお坊さんに時間を報せていたのが、仏教が中国に伝来して青銅器の鐘を用いるようになり、それが日本の寺院にも伝わりました。 かつては、朝と夕に人間の持つ煩悩をしずめるため108回ついていましたが、現在は36回や18回に省略され、梵鐘の音を108回聞けるのは大晦日の除夜の鐘くらいです。 さて、その梵鐘ですが、神護寺、妙心寺、平...

天龍寺の門前にある光厳天皇髪塔

天皇家を二分して50年以上に渡る騒乱が繰り広げられた南北朝時代。 大覚寺統の後醍醐天皇が吉野に開いた南朝に対して、足利尊氏が持明院統の光厳天皇(こうごんてんのう)を擁立して開いたのが北朝。 両天皇ゆかりの史跡が、旅行者や観光客で賑わう京都市右京区の嵯峨嵐山に残っています。

賀茂斎院の初代斎王となった有智子内親王の墓

京都市右京区の嵯峨野に建つ常寂光寺の東。 この付近は、小倉餡発祥の地とされ、今も開発されることなく、のどかな景色が残っています。 その北には、石造りの鳥居が立ち、見る人が見れば、すぐに天皇陵もしくは皇族関係者のお墓だと気づきます。 ここは、嵯峨天皇の第8皇女の有智子内親王(うちこないしんのう)の墳墓です。

京都市内のお寺に建つ勅使門を探してみました

勅使門(ちょくしもん)。 それは、天皇の意思を伝えるための使者である勅使が出入りする門。 勅使を迎えるわけですから、勅使門を持つ寺院は皇室との関係が深いのは言うまでもありません。 そのような寺院は広い境内を有し立派なお堂が建ち並んでいることが多く、小さなお寺にはまず勅使門は建っていません。 今回の記事では、京都市内の勅使門を持つお寺をいくつか紹介します。

仁和寺の春夏秋冬

京都市右京区の御室(おむろ)に建つ仁和寺(にんなじ)は、代々皇族関係者が住持を務めてきた門跡寺院(もんぜきじいん)です。 その格式の高さに関わらず、桜の季節を除けば、誰でも無料で境内に入れ、お参りできます。 建物の見事さはもちろんですが、季節ごとに違った風景を楽しめるのも仁和寺の魅力ですね。 今回の記事では、仁和寺の春夏秋冬の景色を紹介します。