「鎌倉時代」一覧

法然が袈裟を掛けた松・光明寺

長岡京市の粟生(あお)は、浄土宗の開祖である法然が初めて念仏を説いた地といわれています。 この地には、建久9年(1198年)に法然の弟子の蓮生が、念仏三昧堂を建てたのが始まりとされるお寺が建っています。 そのお寺は、光明寺(こうみょうじ)といいます。

源平の史跡まとめ

京都には、源氏と平家の史跡が数多くあります。 当ブログでも過去記事でこれらの史跡を紹介してきましたが、記事を投稿した時期がバラバラのため、探し出して読むのが非常に困難な状況となっていました。 そこで、過去に紹介した源平の史跡を時系列にしたがってまとめました。 なお、当記事内のリンクは、便宜上クリックすると新しくウィンドウが起動するようにしています。タブで開く場合は、Ctrlキーを押した状態で左クリックしてください。

南北朝の争乱の原因は後嵯峨天皇だったのでは?

鎌倉時代が終わり(1333年)、その後に訪れたのが、朝廷が北朝と南朝に分裂して争う南北朝時代でした。 50年もの長きにわたって南北朝の争乱が繰り広げられたのは、後醍醐天皇に対立した足利尊氏が、光厳天皇(こうごんてんのう)を北朝の初代天皇として擁立したことが原因とされています。 しかし、実は、足利尊氏が北朝をつくる以前から、南北朝の争乱の火種は皇室にくすぶっていたのです。