京都市東山区の智積院(ちしゃくいん)に運敞蔵(うんしょうぐら)という建物が建っています。
当院に何度もお参りに行っている人でも、運敞蔵を見たことがある人は少なそうですし、近くを通ったことがあっても気付かず素通りしている人も多そうです。
外観だけだと、ただの倉庫にしか見えないですからね。
運敞僧正の時代に落成
智積院には、京阪電車の七条駅から東に約8分歩くと到着します。
市バスだと「東山七条」で下車してすぐです。
境内に入り、参道をまっすぐ東に進むと正面に金堂が現れます。
そして、金堂前で、北に向きを変えると、緑に包まれた低い丘が見えます。

金堂前
丘へ延びる石畳を進んだ先に石段があるので上ります。
正面には、弘法大師を祀る大師堂。

大師堂
ここで回れ右をして東を向くと、さらに石段があるので上ります。
ただし、この石段は立入禁止になっていることも多いので、先に進めないことがあります。
石段を上りきった先の左手に壁が真っ白で重量感のある土蔵が建っています。

運敞蔵
これが運敞蔵です。
智積院の説明書によると、運敞蔵が落成したのは、延宝元年(1673年)、第7世の運敞僧正の時代とのこと。
運敞僧正は、智積院に伝わる真言宗の教えを大成したお坊さんで、蔵の中には僧正が一代に渡って収集した国内外の貴重な書籍文献を収蔵していました。
令和5年(2023年)以降は、僧正が集めた書籍文献は、新しくなった宝物館で収蔵しています。

宝物館
ということは、運敞蔵は空っぽなのかと思いますが、現在は、運敞僧正の遺徳を偲んで謹刻した僧正の座像が祀られているそうです。
運敞僧正は元禄6年(1693年)9月10日に80歳で亡くなっており、座像はその後に彫られたもののようです。
当院では、毎年、僧正が遷化された9月10日に運敞僧正忌が行われています。
密厳堂は運敞僧正が建立した
運敞蔵から斜め左の方角に密厳堂(みつごんどう)が建っています。

密厳堂
このお堂を建立したのも、運敞僧正。
寛文7年(1667年)に落成しています。
祀られているのは、真言宗中興の祖として知られる興教大師覚鑁(かくばん)上人。
毎年6月15日の青葉まつりの時には、密厳堂に入ってお参りでき、覚鑁上人の像に甘茶をかけてお祝いすることもできます。
運敞僧正は、他にも智積院の利休好みの庭の修築にも尽力しており、こちらも青葉まつりでは、大勢の参拝者が鑑賞しますね。
ただの倉庫くらいにしか思っていなかった運敞蔵ですが、智積院にとっては重要な建物なのだとわかると見る目が変わる。
そう言えば、じっくり眺めると、あの真っ白な壁にどことなく気品が感じられる。
説明書を読まなければ、なんとも思わなかったくせに。
なお、智積院の詳細については以下のページを参考にしてみてください。