御池通で観覧した時代祭-江戸時代婦人列・2026年

10月22日に御池通に時代祭を見に行きました。

徳川城使上洛列が過ぎた後、西の方から琴を奏でるような音色が近づく。

時代祭の最初の婦人列である江戸時代婦人列の登場です。

豪華に登場する和宮

徳川城使上洛列から少し間隔を空けて、江戸時代婦人列ののぼりが進む。

本列は、京都市地域女性連合会によって奉仕されます。

時代祭の全ての列が平安講社によるものではないんですね。

江戸時代婦人列

江戸時代婦人列

 

江戸時代婦人列に登場するのは、7人の女性。

その先頭を切ってやってくるのは、輿に乗った和宮(かずのみや)です。

後ろには、和宮に仕える女嬬(にょじゅ)も。

和宮

和宮

輿からは、先ほどの琴の音が流れています。

和宮は、孝明天皇の妹。

有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう)との結婚が決まっていましたが、朝廷と幕府が手を取って難局を乗り切る公武合体の実現のため、14代将軍徳川家茂に嫁ぎました。

時代祭に登場する和宮は、輿入れ前の十二単(じゅうにひとえ)姿なので、不本意な結婚を決められた悲しみを表現したものではありません。

江戸時代婦人列では、和宮が最も豪華ですね。

 

江戸時代の町の女性たち

和宮の後は、女性が一人ずつ異なる衣装を着て歩いてきます。

どなたも、時代劇で見る町人の女性のような出で立ち。

 

幕末の女流歌人で、後に尼となった大田垣蓮月(おおたがきれんげつ)の衣装は、娘時代を偲ぶもの。

大田垣蓮月

大田垣蓮月

白っぽい振袖が、当時の若い女性を想起させる。

頭に被っているのは、角隠しで良いのでしょうか。

大田垣蓮月には、西郷隆盛が三条大橋から江戸に向けて進軍する際、そっと以下の歌を手渡し、江戸城総攻撃を思い止まらせたとの逸話が残っています。

うつ人も うたるる人も 心せよ 同じ御国の 御民ならずや

史実かどうかはわかりませんけどね。

 

池大雅の妻玉蘭(ぎょくらん)は、キツネ色の真綿紬(まわたつむぎ)の小袖姿。

玉蘭

玉蘭

頭には、透き通るようなかんざしを2本挿していますが、べっ甲で作ったものでしょうか。

当時の既婚者の服装は、こんな感じだったと思われます。

玉蘭は、和歌に秀で、閨秀画家(けいしゅうがか)としても有名だった女性。

夫の池大雅も画家で夫婦ともに芸術家として名を馳せています。

 

腰元を従えて小さな歩幅で歩いてくるのは、中村内蔵助(なかむらくらのすけ)の妻。

中村内蔵助の妻

中村内蔵助の妻

中村内蔵助は、京都銀座で巨万の富を築いた商人ですから、今でいうと大企業の社長夫人といったところ。

彼女は、衣装比べの際、真っ黒な着物で登場し場を驚かせた逸話を持っています。

色直しの後も、腰元には派手な衣装を着せましたが、彼女自身は再び真っ黒な着物で現れ、会場にいた人々を驚嘆させたという。

時代祭でも、腰元の方が赤色や金色の華やかな着物で、そちらが主役の中村内蔵助の妻かと勘違いしそうですね。

 

祇園梶女は、どこかの茶店でだんごを運んできそうな姿。

着物が緑色なのも、笹餅を連想させる。

祇園梶女

祇園梶女

梶は、元禄時代の女流歌人で祇園で茶店も営んでいました。

笹餅を連想するのは、あながち間違いではない。

ちなみに先ほど登場した玉蘭は、梶の孫にあたります。

 

奇抜さが目立つ吉野太夫と出雲阿国

男衆(おとこし)に広い傘を差しかけられて登場するのは、吉野太夫。

吉野太夫

吉野太夫

京都六条三筋町の芸妓で、後に灰屋紹益(はいやしょうえき)の妻となった女性です。

名妓とうたわれ、時代祭では、当時の太夫姿で進みます。

左肩から打掛が少しずれ落ちているのが妖艶。

後ろに禿(かむろ)もいるのですが、写真が切れてしまいました。

 

江戸時代婦人列のトリを務めるのは、本列で最も奇抜な外見の出雲阿国(いずものおくに)です。

出雲阿国

出雲阿国

歌舞伎の祖と伝えられているだけあって、衣装は、緑、赤、桃、黄など、様々な色が散りばめられています。

刀を両肩に水平に抱えている姿に圧を感じる。

後ろに立つ2人の女性は阿国の弟子で、彼女らも派手な見た目。

当時、こんな女性が向こうから歩いてきたら、道行く人は目をそらしたのではないかと思ってしまう。

 

江戸時代婦人列は、登場人物が少ないことから、他の列と比較して短時間で目の前を過ぎていきました。

時間にして約5分。

それでも、沿道の観覧者から非常に注目されていましたよ。

 

この後は、安土桃山時代の豊公参朝列がやってきます。

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