御池通で観覧した時代祭-明治維新時代の維新勤王隊列・2026年

10月22日に御池通に時代祭を見に行きました。

先頭の名誉奉行が通過し、これからは各時代の装束をまとった行列の登場です。

最初にやってくるのは、明治維新時代。

時代祭は、新しい時代から古い時代へとさかのぼるように行列が続きます。

戊辰行進曲とともにやってきた維新勤王隊列

幅員が約50メートルある御池通の中央を歩いてきた明治維新時代ののぼり。

明治維新時代ののぼり

明治維新時代ののぼり

 

その後に続くのは、平安講社第八社旗。

平安講社第八社旗

平安講社第八社旗

時代祭は市民組織「平安講社」によって執行されています。

維新勤王隊列を担当するのは、その第8社。

当初は、山国村の有志による奉仕でしたが、大正10年(1921年)以降、中京区朱雀地区の各学区が担当し、平安講社第8社・維新勤王隊列として奉仕するようになりました。

 

維新勤王隊列の旗の後方から、御使番が馬にまたがってゆっくりと進んできました。

後ろからは、2列縦隊で徒歩の兵士が続く。

維新勤王隊

維新勤王隊

列は100メートル以上あるように見えますね。

こんなに長かったかな。

広々した御池通が、そう感じさせるのかもしれません。

 

兵士の前では楽長が旗を振って、後方の笛を吹く兵士たちに指示を与える。

楽長と笛を吹く隊士

楽長と笛を吹く隊士

ピーヒャララの音色は、戊辰行進曲(ぼしんこうしんきょく)。

ビルの間を風が吹き抜けるように笛の音が響き渡る。

維新勤王隊列は、都大路を行進する際には戊辰行進曲を演奏するのですが、京都御所出発前と平安神宮到着後だけは朱雀行進曲を演奏します。

朱雀行進曲は、限られた場でしか演奏しないので、耳に馴染みがあるのは、この戊辰行進曲ですね。

 

笛に混ざって小太鼓も。

小太鼓

小太鼓

後ろには大太鼓も続き、一定の間隔でドーンドンと大きく叩き、その音が空気を震わしていました。

 

銃を担ぐ兵士たち

さて、維新勤王隊は、明治維新となっても旧幕府に味方する諸藩が東北地方で抵抗しており、その鎮撫のために丹波国北桑田郡山国村から官軍(新政府軍)に参加した山国隊を再現したものです。

行列の中ほどからは、山国隊が官軍であることを象徴する錦旗(きんき)が続く。

銀色の旗には月、赤色の旗には日が刺繍されています。

錦旗と大隊旗

錦旗と大隊旗

戊辰戦争の始まりとなった鳥羽伏見の戦いでは、錦旗が戦場に翻ったことで、旧幕府軍は天皇に弓引くことを畏れ総退却したと語り継がれています。

錦旗の後ろからは、大隊旗も。

大隊旗は、大きな正方形に斜めに線を入れて作った2つの三角形の一方が赤に塗られています。

 

大隊旗の後方からは、隊長、参謀、司令長が騎馬でやってきました。

それぞれの間隔が広く取られ、ちょっと間延びした感じ。

隊長、参謀、司令長

隊長、参謀、司令長

隊長らが頭にかぶっているのは、白毛付陣笠(しろげつきじんがさ)。

新政府軍は、白毛の他に赤毛や黒毛の陣笠も被っていました。

白毛は長州藩、赤毛は土佐藩、黒毛は薩摩藩と伝えられていますが、毛の色と藩の区別は特になかったとも言われています。

 

司令長の後ろからは銃を担いだ兵士の列が徒歩で進む。

三斎羽織に義経袴をはき、下には筒袖を着ています。

銃を担ぐ兵士

銃を担ぐ兵士

歩き方に注目。

足は、まっすぐ前に出さず、やや外側を向くように行進。

それが、体を左右にゆする動作となっています。

足並みは全員揃い、Choo Choo TRAINのように動きを微妙にずらすことはしない。

時折、前を行く司令士や伍長が兵士に指示を出し、列の歪みを整えていました。

 

維新勤王隊列では、兵士が銃を担ぎ替える動作も見どころの一つ。

司令士が合図をすると、左肩に担いでいた銃をすばやく右肩に担ぎ替えます。

銃を担ぎ替える

銃を担ぎ替える

全員の動作が完全に一致してはいませんでしたが、勇ましい仕草。

 

兵士の後ろを小隊旗が進み、さらに後方を輜重頭(しちょうがしら)と殿士が騎馬で続きます。

輜重頭と殿士

輜重頭と殿士

輜重頭は、食料その他の軍用品を運送する役の責任者。

殿士は、軍隊の最後方で敵を防ぎます。

どちらも、黒毛の陣笠を被っていますね。

 

維新勤王隊の後尾は、裃袴の列。

維新勤王隊列の後尾

維新勤王隊列の後尾

この列は、時代祭の全ての列に共通しています。

平安講社の偉いさんなのでしょう。

 

維新勤王隊の笛の音が、ゆっくりと西に遠ざかるのを聞きながら、次に登場する維新志士列を待ちます。

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