「中京区」一覧

新町通の百足屋町は祇園祭の観音山を製作した百足屋が由来

京都市中京区の四条通から新町通を北に約3分歩くと、錦小路通(にしきのこうじどおり)と交わり、さらに北上すると蛸薬師通(たこやくしどおり)と交わります。 この錦小路通と蛸薬師通の間は、百足屋町(むかでやちょう)という変わった町名で、この辺りに百足屋という豪商のお店があったことが由来と伝わっています。

還来神社で祈祷を受けた三条大橋の弥次喜多像

三条大橋の西のたもとに八重紅枝垂れ桜が植わり、4月になると紅色の花が道行く人々の目を楽しませます。 その八重紅枝垂れ桜の隣には、時代劇に出てきそうな姿をした2体のブロンズ像が立っています。 この像は、弥次喜多像。 十返舎一九の『東海道中膝栗毛』に登場する弥次郎兵衛と喜多八を模したものです。

2026年の時代祭をランチの後に観覧できるのは京都市役所前から神宮道の区間

2026年10月22日に行われる時代祭は、時代行列が12時に京都市上京区の京都御所を出発します。 すべての行列が通過するのに約2時間かかるので、京都御苑内で観覧する場合、14時まで待機しなければなりません。 したがって、京都御苑やその周辺で観覧する際は、遅めの昼食になりますが、14時を過ぎると休憩するお店が増えてくるので食べられない可能性もあります。 時代行列は、その後、12時50分頃に烏丸御池に到着しますが、この辺りでの観覧だと、12時30分までにランチを済ませば大丈夫です。 もっと余裕を持ってランチを食べたい方は、京都市役所前から神宮道の間で時代行列を観覧するのが得...

2026年の時代祭の有料観覧席は京都御苑、御池通、神宮道に設置。各種ツアーもあり。

2026年の時代祭の有料観覧席が9月8日から一般販売を開始しています。 詳細は、京都観光NAVIの以下のページに掲載されています。 時代祭「有料観覧席のご案内」|【京都市公式】京都観光Navi 有料観覧席は、京都御苑、御池通、神宮道の3ヶ所に設置されており、事前に申し込む場合も上記サイトをご覧になってください。

堀川通や御池通は戦時中の強制疎開で広くなった

京都市は空から見下ろすと碁盤の目のようになっているのがわかります。 これは、南北の道路と東西の道路が、何本も交わっていることが理由。 ただ、道路の幅は、どれも同じではなく、広い道路もあれば狭い道路もあり必ずしも均整がとれているとは言えません。 また、路地や辻子などもあちこちにあるので、完全な碁盤の目でもありません。 京都市内で、特に道幅が広い道路は、堀川通、御池通、五条通ですが、かつては、今ほどの広さはありませんでした。 これらの道路が広くなったのは、戦時中の強制疎開が理由です。

まんじゅうが由来の饅頭屋町

京都市中京区に饅頭屋町(まんじゅうやちょう)という町名があります。 北は三条通、南は六角通まで、三条通の西側一帯と東側の一部が饅頭屋町で、その名から想像できるようにまんじゅうが由来。 実は、京都の饅頭屋町は、東京にあるお菓子の老舗「塩瀬総本家」とも深い関係があります。

家を直す屋根葺地蔵を祀る新徳寺

京都市中京区の壬生(みぶ)に新徳寺というお寺が建っています。 幕末ファンなら、ここが新撰組結成の地であることはよく知っているはず。 その新徳寺には、家を直すという一風変わったご利益を授けてくれる屋根葺地蔵(やねふきじぞう)というお地蔵さまが祀られています。

祇園祭の山鉾は昔は押小路通まで並んでいた

京都で毎年7月に行われる祇園祭は、平安時代に神泉苑で疫病退散のために行った御霊会(ごりょうえ)が起源とされています。 当初は比較的簡素だった御霊会ですが、疫神を喜ばせることで疫病の流行を防ごうということから、次第に派手になっていきました。 祇園祭の主役は、八坂神社の祭神が乗る神輿ですが、祭を華美に飾り立てているのは山鉾です。 豪華絢爛な懸装品(けそうひん)が注目を集める山鉾は、現在30基あまりですが、かつては50基以上存在していたといわれています。 また、山鉾が建ち並ぶ範囲も、北は押小路通から南は松原通まで及んでいたとされ、夏の洛中は山鉾だらけだったようです。

新京極通が誓願寺の前で折れている理由

三条大橋から三条通を西に約5分歩くと、アーケード街に入ります。 そのまま屋根の下をさらに西に3分ほど歩くと、南に向かって、お土産物屋さんや飲食店、若者に人気のお店が軒を連ねる新京極通が延びています。 新京極通を南下し、六角通を過ぎた左手に誓願寺というお寺が建っているのですが、その前で新京極通は南西に45度くらいに折れ曲がり、再び南に向かうようになっています。 碁盤の目で有名な京都の通りですが、ここは例外。 いったいなぜ、まっすぐ新京極通を造らなかったのでしょうか。