木屋町三条で見た時代祭-明治維新時代の維新志士列・2025年
10月22日に木屋町三条に時代祭を見に行きました。 維新勤王隊列が通過した後は、維新志士列の登場です。 幕末に活躍した有名な志士が多く列に加わっていますよ。
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10月22日に木屋町三条に時代祭を見に行きました。 維新勤王隊列が通過した後は、維新志士列の登場です。 幕末に活躍した有名な志士が多く列に加わっていますよ。
10月22日に木屋町三条で観覧した時代祭。 先頭の名誉奉行が通過した後は、いよいよ時代行列の始まりです。 時代行列は、明治維新時代から延暦時代までさかのぼりながら、様々な衣装をまとった人々が登場します。
10月22日。 この日は、毎年、時代祭が行われます。 午前中から小雨が降り、時代祭は順延になるのかと思いましたが、平安神宮や京都市観光協会のX(旧twitter)を確認すると22日に行うとのこと。 当日の情報を知りたい場合は、検索エンジンよりSNSが便利ですね。 ということで、京都市中京区の木屋町三条に時代祭を見に行ってきました。
京都市中京区のビジネス街に建つ六角堂の境内の北側には、華道で有名な池坊(いけのぼう)のビルがあります。 池坊が、たまたま六角堂の近くにビルを建てたのではなく、この地が池坊と深いかかわりを持っているから建てたのだということは、六角堂と池坊との関係をご存じの方なら容易に想像できるでしょう。 六角堂を創建したのは聖徳太子です。 もしも、聖徳太子がこの地に六角堂を建立していなければ、池坊も誕生していなかったかもしれません。
京都市中京区の地下鉄京都市役所前駅を出て寺町通を南に約5分歩くと、その東側に三条通から四条通にかけてアーケード街の新京極通があります。 通り沿いには、お土産物屋さん、ドラッグストア、服屋さん、飲食店、ゲームセンター、映画館、パチンコ店など、買い物や娯楽を楽しむための施設が軒を連ねていますね。 それもそのはずで、新京極通は誕生した時から娯楽を目的としており、今もその目的通りに栄えています。
鴨川に沿って北から南に流れる高瀬川は角倉了以によって開削され、江戸時代の京都の物流を支える重要な運河として機能しました。 しかし、京都の近代化に伴い舟運は廃れていき、高瀬川の存在意義も次第に失われていきます。 大正時代には、舟運が終了し高瀬川が利用されなくなり、もはや不必要な運河となりました。 でも、高瀬川は現在まで存続し、その北端には江戸時代の景観を今に伝える一之船入(いちのふないり)も残っています。
7月24日に行われた祇園祭の還幸祭。 四条寺町の御旅所を出た西御座の神輿が大丸の裏で休憩を終えた後、高倉通を南下し四条通にやって来ます。 ということで、先回りして四条高倉の交差点で西御座の神輿がやって来るのを待ち構えることに。 今年は、西御座の神輿を追いかけましょう。
7月24日の夕刻。 四条寺町の八坂神社の御旅所に向かいました。 この日は、午前中に祇園祭の後祭の山鉾巡行が行われ、夕方から還幸祭の神輿渡御が行われます。 祇園祭の主役は神輿なので、神輿渡御は見ておきたい行事ですね。
7月21日に祇園祭の後祭の宵山を見に行きました。 黒主山まで8基の山鉾を見終え、残る山鉾は3基となりました。
7月21日に祇園祭の後祭の宵山を見に行きました。 八幡山まで見た後、新町通を南に進み、六角通を過ぎた辺りに建つ北観音山にやって来ました。