私立絵画専門学校裏と都ホテルに造られた隧道式防空壕
京都市は、戦時中に空襲を受けることが少なかった都市です。 それでも、昭和20年(1945年)に入ると1月に東山の馬町が空襲を受け、その後も、右京区の太秦(うずまさ)や上京区の西陣などが被害に遭っています。 日本各地で空襲が激しくなったのを受け、昭和19年に内務省により重要施設の隧道(ずいどう)式防空壕への移転が進められ、京都でも同20年1月から府庁を防空壕に移すための工事が始まりました。 府庁の移転場所に決まったのは、東山七条の私立絵画専門学校裏の丘陵地と蹴上の都ホテルの地下でした。