滋賀県大津市から京都市の鴨川まで流れている白川は、とても浅い川で船が通れません。
川沿いに住んでいる人は、普段から目にしていますし、なんなら足を浸けたこともあるでしょうから、船が使える川ではないとわかっています。
でも、白川を見たことがない人だと、それなりに水深がある川だと想像し、船も浮かぶものだと思っているかもしれません。
白川夜船
白川夜船(しらかわよふね)は、そんな思い込みから生まれたことわざ。
京都へ行ったことがない人が、白川を船で通っている最中にぐっすり寝ていたため、わからなかったと答えたことから、知ったかぶりをするたとえとして使われるようになったのが、この言葉。
ぐっすり眠ることも白川夜船と言ったりします。
下の写真に写っているのは、京都市東山区の知恩院の西側を流れる白川です。

白川
川幅は車道くらいありますが、水かさは浅く、船を浮かべようにも川底についてしまって動かしようがないのがわかると思います。
白川を見たことがある人に「いやー、白川を船で通っている時、心地良くなって居眠りしてしまったから、京都の景色はわからないよ」なんて言ったら、京都に行ってないことをすぐに見破られる。
そこは、船ではなくバスや電車にした方が良い。
ちなみに白川夜船は、地名の白河を川と勘違いした人が、夜船で通ったけど寝ていてわからないと答えたことが語源ともいわれています。
白川の風景
知恩院の西側の白川には、石造りの細い橋が架かっており、一本橋と呼ばれています。

一本橋
一本橋は、行者橋(ぎょうじゃばし)の通称でも親しまれています。
京都市の説明書によると、比叡山の阿闍梨(あじゃり)修行で千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)を終えた行者が、粟田口の尊勝院の元三大師に報告し、京の町に入洛するとき最初にわたる橋であったことから、行者橋や阿闍梨橋と呼ばれたそう。
江戸時代には、一本橋を粟田神社の祭礼である粟田祭の剣鉾(けんぼこ)が差して渡る曲渡り(曲差し)が呼び物だったとか。
一本橋は、誰でも渡れますが、幅が狭いので白川に転落しないよう注意が必要。
人がすれ違うのは厳しいので、譲り合いながら渡りましょう。
白川は北から南に流れていますが、一本橋付近から西に流れを変え鴨川へと向かいます。
西に向きを変えたあたりから、川沿いには多くの桜が植わり、春になると清らかな白川とともに薄紅色の花を眺めようと、国内外から多くの旅行者や観光客が押し寄せます。

桜と白川
鴨川が近づくにつれて、時代をさかのぼるように町並みも古風になっていき、木造建築の和の風情を感じられるお店が増えていく。
白川にも日がよく入り、底の砂利までくっきり。
この辺りは祇園白川と呼ばれ、和装で歩いている人が、周囲の景色によく溶け込んでいます。
梅雨時にはアジサイが咲き、そのみずみずしい姿が、訪れる人に涼感を与える。

アジサイと白川
祇園を抜けた白川は、この後、鴨川に合流。
鴨川は、小さな船が浮く程度の深さがあるので、夜船で鴨川を通ったと言えばウソがばれないかもしれません。
でも、今まで鴨川を通る船を見たことはありませんけどね。