「2026年10月」一覧

六波羅蜜寺の阿古屋塚の台石は古墳時代の家形石棺の蓋石

京都市東山区の六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)に阿古屋塚という石塔が立っています。 阿古屋(あこや)は、平家の悪七兵衛景清(あくしちびょうえかげきよ)の愛人で、鎌倉幕府の追手から景清を救ったと伝えられる女性。 平安時代には、六波羅に平家の邸宅があったことから、当寺に阿古屋塚があるのは不思議ではないですね。 その阿古屋塚ですが、台石に使われている石は、古墳時代末期の石棺の蓋石と考えられています。

春日大社から分霊を迎えた京都の神社

奈良市に春日大社という有名な神社があります。 創建は神護景雲2年(768年)。 称徳天皇の勅命により武甕槌命(たけみかづちのみこと)、経津主命(ふつぬしのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、比売神(ひめがみ)を祀ったのが始まりと伝えられ、藤原氏ゆかりの神社としても知られています。 都が平城京から長岡京を経て平安京に遷った後、藤原氏も京都に移りました。 そのような経緯から、京都には、春日大社の分霊を勧請(かんじょう)して創建した神社がいくつかあります。

還来神社で祈祷を受けた三条大橋の弥次喜多像

三条大橋の西のたもとに八重紅枝垂れ桜が植わり、4月になると紅色の花が道行く人々の目を楽しませます。 その八重紅枝垂れ桜の隣には、時代劇に出てきそうな姿をした2体のブロンズ像が立っています。 この像は、弥次喜多像。 十返舎一九の『東海道中膝栗毛』に登場する弥次郎兵衛と喜多八を模したものです。

醍醐寺の北にある醍醐天皇後山科陵

京都市伏見区の醍醐寺から北に約10分歩いたところに醍醐天皇後山科陵(だいごてんのうのちのやましなのみささぎ)があります。 醍醐寺の上醍醐に建つ薬師堂と五大堂は、延喜7年(907年)に醍醐天皇が建立していることから、その近くに御陵があるのはうなづけます。

百萬遍知恩寺の東にある後二條天皇北白川陵

京都市左京区の百万遍(ひゃくまんべん)の交差点の北東角に浄土宗四カ本山の一つに数えられる百萬遍知恩寺が建っています。 正面には京都大学があり、街は学生で賑わう。 その百萬遍知恩寺から今出川通を東に約3分歩き、左に目をやると、ちょっとした森林が視界に入ります。 森林の前には、石造の鳥居とそれを囲む玉垣。 ここは、後二條天皇北白川陵(ごにじょうてんのうきたしらかわのみささぎ)です。