京阪電車の龍谷大前深草駅を出て南東に約10分歩くと瑞光寺(ずいこうじ)というお寺が建っています。
茅葺屋根の本堂は寂音堂(じゃくおんどう)と呼ばれ、近隣の閑静な住宅街に違和感なく溶け込んでいます。
その本堂に本尊として祀られているのが釈迦如来座像で胎内には五臓六腑が納められています。
ススキが似合う寂音堂
瑞光寺を創建したのは、元政上人。
応仁の乱(1467年)で荒廃した極楽寺薬師堂の跡地に明暦元年(1655年)に日蓮宗のお寺として建てたもの。
現在の境内は、半分くらいが墓地として使われ、残り半分の敷地の東側に本堂の寂音堂が佇む。

瑞光寺の本堂
桜やカエデが植わった境内は、春には淡紅色の花が添えられ、晩秋には真紅に染め上げられますが、茅葺屋根と最も調和するのは秋のススキ。

ススキと本堂
元政上人は、自分のお墓に竹を3本だけ立てた簡素なものとしましたが、それを知ると、本堂の前で揺れるススキの穂にも上人の飾らない性格が表れているように感じられます。
俗名を石井吉兵衛といった元政上人は、彦根藩井伊直孝に仕える武士でしたが、病弱のため26歳で妙顕寺の日豊上人に師事し出家。
石川丈山、熊沢蕃山(くまざわばんざん)、松永貞徳(まつながていとく)などの文人墨客とも交友していたそうです。
中正院の日護上人とも交流があり、胎内に法華経1巻と五臓六腑を形作ったものを納めた釈迦如来座像は、この日護上人の作。
清凉寺の本堂にも五臓六腑を胎内に納めた釈迦如来が祀られている
京都市右京区の嵯峨釈迦堂の通称で親しまれる清凉寺(せいりょうじ)の本堂にも、五臓六腑を胎内に納めたお釈迦さまが祀られています。

清凉寺の本堂
清凉寺のお釈迦さまは、立像なので瑞光寺の座像とは趣が異なっています。
奝然上人(ちょうねんしょうにん)が宋から持ち帰った三国伝来の釈迦如来立像と伝えられており、信州善光寺の阿弥陀如来、因幡堂平等寺の薬師如来とともに日本三如来に数えられるほどの貴重な仏像。
栴檀(せんだん)の香木に彫られた像の胎内には、絹製の五臓六腑の他、経典、文書、銭貨など多くの品が納められていることが確認されています。
この釈迦如来立像は、清凉寺式と呼ばれ、以後、数多くの模造が造られています。
立像と座像で違いはあるものの、瑞光寺の五臓六腑を胎内に納めたお釈迦さまも、清凉寺の釈迦如来立像を参考にして彫られたのかもしれません。
瑞光寺の寂音堂は、普段戸が閉まっているので、堂内に入ることはできませんが、毎年3月18日の元政忌には、元政上人の遺品などが公開され、本尊の拝観もできます。
機会があれば、3月18日に参拝してお釈迦さまを拝んでください。
なお、瑞光寺のの詳細については以下のページを参考にしてみてください。