清凉寺を紹介しています。
由緒、見どころ、所在地、最寄駅などの情報を掲載。

清凉寺(嵯峨釈迦堂)

清凉寺

由緒

清凉寺は、源融(みなもとのとおる)の山荘棲霞観(せいかかん)に彼の没後、寛平7年(895年)に遺族が阿弥陀堂を建立し、棲霞寺としたのが始まり。山号は五台山。浄土宗。

天慶8年(945年)に醍醐天皇の皇子重明親王が新堂を建立し、等身大の釈迦堂を安置したことから嵯峨釈迦堂と呼ばれるようになった。

その後、永延元年(987年)に釈迦が37歳の時の姿を刻んだ釈迦如来立像を模刻した像を宋から持ち帰った東大寺の僧「然(ちょうねん/ちょうぜん)が、愛宕山を中国の五台山に見立てた大清凉寺を建立し、その像を安置する計画を立てた。

しかし、「然が志半ばで没したため、その弟子の盛算が勅許を得て、長和5年(1016年)に釈迦堂に釈迦如来立像を安置し、華厳宗清凉寺とした。

その後、天台、真言、念仏宗を兼学する寺として栄えるが、建久元年(1190年)以降、幾度となく火災に遭い焼失する。

江戸時代に本堂、多宝塔などが再建された。

仁王門

仁王門

安永6年(1776年)に再建された仁王門。楼上に十六羅漢が祀られている。また、門の左右には金剛力士像が立っている。

本堂

本堂

元禄14年(1701年)に徳川綱吉とその母の桂昌院らの発起により再建された本堂。

多宝塔

多宝塔

元禄13年に再建された多宝塔。

阿弥陀堂

阿弥陀堂

本堂の東に建つ阿弥陀堂。現在の阿弥陀堂は、文久3年(1863年)に再建されたもの。

一切経蔵

一切経蔵

江戸時代に建立された一切経蔵。輪蔵に明盤一切経がおさめられている。輪蔵を回すと一切経を読んだのと同じ功徳があるとされる。

狂言堂

狂言堂

境内の西に建つ狂言堂。毎年4月の大念佛会では、嵯峨大念佛狂言が演じられる。

愛宕権現社

愛宕権現社

仁王門の東に建つ愛宕権現社(あたごごんげんしゃ)。慶俊が鷹峯から愛宕山に移す際、まずこの地に祀ったとされる。火除の神として崇められている。

弁天堂

弁天堂

本堂の後ろに建つ弁天堂。江戸時代後期に建立されたと伝えられている。

枯山水庭園

枯山水庭園

小堀遠州作と伝えられている枯山水庭園。

豊臣秀頼公の首塚

豊臣秀頼公の首塚

昭和55年(1980年)に大阪城の三の丸跡地から出土した豊臣秀頼の首を昭和58年に当寺に納めた。

「然上人の墓

「然上人の墓

清凉寺開山の「然の墓。昭和60年に飛地境内にあったものを移した。

嵯峨天皇・壇林皇后宝塔

嵯峨天皇・壇林皇后宝塔

写真の右が嵯峨天皇の宝篋院塔、左が壇林皇后の宝塔。

源融の墓

源融の墓

多宝塔の後ろにある源融の墓。源融は源氏物語に登場する光源氏のモデルとされている。

清凉寺の所在地

〒616-8447
京都市右京区嵯峨釈迦堂藤ノ木町46(地図

清凉寺への行き方

JR嵯峨嵐山駅から徒歩約15分
京福嵐山駅から徒歩約15分
市バス「嵯峨釈迦堂前」からすぐ

※本堂と庭園は拝観料400円が必要。

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