2026年05月一覧

蹴上船溜と南禅寺船溜の高低差を乗り越えるために活躍したインクライン

千年以上に渡り都が置かれた京都は、街の発展にともない経済的に重要な都市となっていきました。 経済発展した都市では、人や物の行き来が盛んになるもの。 しかし、京都は海に面しておらず、しかも、盆地であることから流通に難を抱え、他の都市との競争で遅れを取ってしまうとの危機感が持たれていました。 その解消のために利用が計画されたのが、隣県滋賀の琵琶湖。 江戸時代には、琵琶湖から京都に運河を造り、舟運で物資を輸送する案が何度も浮上しましたが、当時の土木技術では画餅に過ぎず実行に移されることはありませんでした。

祇園祭で放下鉾を出す古結棚町会所

京都市内には、多くの町家が残っています。 最近は、取り壊されていくものもありますが、外観はそのままに飲食店や宿に改装して存続している町家をよく見るようになりました。 京都のビジネス街の四条烏丸では、特に町家が目につきますが、それは、ここが祇園祭の鉾町で多くの町会所があるから。 四条通から新町通を北に2分ほど歩いた辺りに建つ古結棚町会所(こゆいだなちょうかいしょ)もその一つ。

洛中洛外から名木名石を集めた銀閣寺の池泉回遊式庭園

室町時代に足利義政が造営した銀閣寺には、錦鏡池(きんきょうち)を中心とした池泉回遊式庭園が設けられています。 錦鏡池のほとりに建つ観音殿の銀閣は、黒っぽい外観のためか、水面に映る姿に落ち着きを感じます。 金閣寺のような派手さはないものの、いつまでも眺めていたくなる景色。 その錦鏡池を見ていると、たくさんの石で囲まれているのに気づくとともに、池の中にも所々に大きな石が置かれているのがわかります。 これらは、足利義政が洛中洛外から集めてきた名石です。

京都市内のお寺に建つ勅使門を探してみました

勅使門(ちょくしもん)。 それは、天皇の意思を伝えるための使者である勅使が出入りする門。 勅使を迎えるわけですから、勅使門を持つ寺院は皇室との関係が深いのは言うまでもありません。 そのような寺院は広い境内を有し立派なお堂が建ち並んでいることが多く、小さなお寺にはまず勅使門は建っていません。 今回の記事では、京都市内の勅使門を持つお寺をいくつか紹介します。

祇園甲部歌舞練場の敷地に置かれた八阪歌舞場碑

四条大橋と八坂神社のちょうど真ん中あたりを南北に花見小路通が横切っています。 四条通から花見小路通を南に曲がれば、祇園白川や清水と同じような古都の町並みが現れ、近年は外国人旅行者に大人気。 そのまま南下していくと建仁寺の北門にぶつかりますが、少し手前の東側には祇園甲部歌舞練場(ぎおんこうぶかぶれんじょう)があります。 舞妓さんや芸妓さんを見られるところですね。 その敷地内には、「八阪歌舞場碑」と刻まれた石碑が置かれています。

初夏に新緑に包まれた背割堤を歩いた・2026年

5月上旬。 京都府八幡市の背割堤(せわりてい)を訪れました。 1km以上に渡り桜並木が続く背割堤は4月の桜の季節には大勢の旅行者や観光客で賑わいます。 満開の桜並木が1年で最も美しいのは言うまでもありません。 でも、桜が散った後の初夏の背割堤もなかなか良い。 緑一色となった桜並木をそよ風が吹く堤防を歩きながら見ていると、心穏やかになり、忙しない日常から解放してくれます。

正法寺に新緑と初夏の花を見に行った・2026年

4月下旬に京都府八幡市の善法律寺に新緑とツツジを見に行った後、南に約5分歩き、正法寺(しょうぼうじ)を訪れました。 正法寺は、八幡市の名刹で徳川家とゆかりのあるお寺。 普段は、本堂や庭園は公開されていないものの、境内には入れるので、八幡市に観光で訪れた際は立ち寄りたいところ。