高野山の金剛峯寺と空海ゆかりの京都の2つのお寺

10月上旬。

高野山までお墓参りに行って来たついでに金剛峯寺に訪れてきました。

訪れたと言っても、時間があまりなかったので、建物内の拝観はせず、境内を少し散策しただけですが。

高野山そのものがお寺

高野山に行くのは、結構時間がかかります。

大阪市内の難波駅から南海電車の特急に乗車し、1時間20分ほどで終点の極楽橋に到着。そこからケーブルカーに5分ほど乗って高野山の山上へと向かいます。

私の場合、難波駅に行くまでに1時間ほどかかりますので、待ち時間を入れると片道3時間かかることになります。

観光で訪れるなら、日帰りではなく宿泊した方が、良さそうですね。

ケーブルカーを降りて駅から出るとそこは自然溢れる高野山の山上。

空気が澄んでいて、真っ青な空がすごく近くに感じます。

お墓参りはそれほど時間がかからず、昼食を食べた後、バスの時間に少し余裕があったことから金剛峯寺を訪れることに。

金剛峯寺の入り口

金剛峯寺の入り口

入り口に架かる橋を渡り、緩やかな石段を上って、表門へ。

表門

表門

境内に入るとツアーの観光客の方がガイドさんの説明を聞きながら、本殿にお参りしていました。

それにしてもこの日はなんとも心地が良い天気で、青空に浮かぶ雲が一際白く輝いていました。

境内

境内

境内と外をしきるかご塀は檜皮葺で、緑色の苔がうっすらと生えています。

なんとも落ち着きのある塀ですね。

かご塀

かご塀

延宝7年(1679年)に建てられた経蔵も檜皮葺で、苔が生えています。

この経蔵も観ているだけで心が和んできます。

経蔵

経蔵

鐘楼は、元治元年(1864年)に再建されたものです。

こちらは、檜皮葺ではありませんね。

鐘楼

鐘楼

現在の金剛峯寺が建っている場所は、覺鑁(かくばん)が天承元年(1131年)に創建した小伝法院があった場所です。

この地に文禄2年(1593年)、豊臣秀吉が母の大政所(おおまんどころ)の菩提を弔うために青厳寺(せいがんじ)を建立、明治になって金剛峯寺と改称しました。

金剛峯寺って、平安時代に空海が建てたお寺だったのでは?

確かにそのとおりです。

金剛峯寺は、もともと高野山の総称で、一つの山全てがお寺だったのです。

これを一山(いっさん)境内地というそうです。

現在では、上で紹介したお寺が総本山金剛峯寺と呼ばれています。

金剛峯寺の詳細については、公式WEBサイトをご覧になってください。

京都にある空海ゆかりのお寺

金剛峯寺は、弘法大師空海と深い関係のあるお寺です。

空海と関係のあるお寺は、京都にもいくつかあります。

その中でも特に有名なのが東寺と神護寺ですね。

東寺

東寺は、弘仁14年(823年)に嵯峨天皇から空海に下賜されたお寺で、真言密教の根本道場として発展しました。

東寺の境内

東寺の境内

京都のシンボル的な存在の五重塔は、空海が創建に着手した建物です。

毎月21日には、東寺弘法市という縁日が開かれ、地元の方たちに弘法さんと呼ばれ親しまれています。

神護寺

京都市右京区の高雄に建つ神護寺は、神願寺と高雄寺が天長元年(824年)に合併してできたお寺です。

空海は、大同4年(809年)から14年間、高雄寺に入り活躍しています。

神護寺の境内

神護寺の境内

合併後の神護寺を発展させたのは、空海の高弟の真済(しんぜい)で、鎮護国家の道場として伽藍を整えました。

その後、神護寺は衰退しましたが、鎌倉時代初期に文覚(もんがく)が再興しています。

ちなみに文覚は、袈裟御前を誤って殺害した遠藤盛遠のことです。

神護寺は、高雄の山の中にあり、境内からの錦雲渓(きんうんけい)の眺めはなかなかの絶景で、どことなく高野山に似ています。

高野山と京都。

どちらも弘法大師空海と深い関係があり、それぞれの景色には似ていると感じる部分がいくつかありますね。

余談ですが、南海電車の九度山駅は、真田幸村一色でした。



京都紅葉photo