10月22日に木屋町三条に時代祭を見に行きました。
平安時代婦人列までが過ぎ、残す時代行列は延暦時代だけとなりました。
坂上田村麻呂の登場
延暦時代と書かれた黄緑色の旗が、河原町三条の交差点から三条通に入ってきました。

延暦時代
延暦時代は平安時代初期にあたります。
延暦年間(782-806年)は、都が奈良から長岡京、長岡京から平安京にたびたび遷された時代。
延暦13年の平安遷都からが平安時代の始まりですね。
この頃は、桓武天皇の治世にあり、「延暦」には万民が安心して暮らせる「平安楽土」実現への強い思いが込められていたそうです。
延暦時代の最初に登場するのは延暦武官行進列。

延暦武官行進列
桓武天皇は、平安遷都で政治の刷新に尽力するとともに東北を鎮定して国家の再生も図ろうとしていました。
そこで、東北に派遣されたのが征夷大将軍の坂上田村麻呂でした。
本列は、東征を終えた坂上田村麻呂軍を再現しています。
兵士たちがたくさん登場しますが、後の時代よりも武装が簡素です。
上半身だけを守る鎧を身につけ、頭に兜を被っているくらい。
鎧は剣道の時に使う胴のような形をしており、両腕は何も守るものが付いておらず、合戦になったら、この程度の武装で体を守れるのかと不安になりますね。
簡素な武装の兵士たちの後ろから馬にまたがった将佐が続きます。

将佐
将佐の鎧は、歩いている兵士たちより頑丈そうです。
太ももや肩も、鎧の一部で覆われているので少し安心。
列の中ほど、柿色の衣(い)と袴に金色の甲冑を身にまとって登場したのは、主将の坂上田村麻呂です。

坂上田村麻呂
兜には、中央に2本の鍬形と左右に吹返(ふきかえし)がつき、征夷大将軍らしい威厳が感じられます。
正面を守っている金色の鎧は金属でできているのでしょうか。
他の兵士たちより圧倒的に防御力が高そうです。
悠然と馬を進ませ目の前を通過する坂上田村麻呂が、曇り空の下でも光り輝いて見えましたよ。
歩いて進む兵士たちは、弓、矛、楯などを持っています。

矛持兵士
腰に差している刀は直刀で、江戸時代のものより短め。
矛は、後の時代に登場する槍より太く見えますが、どうでしょうか。
坂上田村麻呂の次の騎馬は副将で、その後からは再び将佐が続きます。

将佐と従者
歩いている兵士たちの中でも、白色の兵士が着用している甲冑は比較的重装備ですね。
それでも、平安時代後期以降の甲冑と比べると、隙間が多く、まだまだ発展登場の感は否めません。
時代劇などで延暦時代が舞台となることはほとんどないので、初めて時代祭を見た方だと、延暦武官行進列は新鮮に映るのではないでしょうか。
でも、延暦時代に入った頃から沿道の観覧者は少なくなっていました。
あまり人気がないみたいですね。
この後は、延暦文官参朝列がやって来ます。
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