学問の神さまを祀る北野天満宮は、社殿が八棟造(やつむねづくり)と呼ばれる構造になっています。
八棟造は、後に日光東照宮など徳川家ゆかりの建物に継承されたことから、権現造(ごんげんづくり)とも呼ばれています。
徳川家康は、死後、東照大権現という神号を後水尾天皇から賜っていますから、権現造は、そこから来ているんですね。
一般的には権現造で知られる八棟造ですが、日本最古の八棟造が、実は北野天満宮の社殿なのです。
拝殿と本殿が石の間で結ばれている
北野天満宮には、京福電車の北野白梅町駅から東に徒歩約5分で到着します。
市バスだと、「北野天満宮前」で下車してすぐです。
参道をまっすぐ北に進んで楼門をくぐり、そして、少し左に曲がってから北に歩くと三光門が建っています。
この三光門をくぐった先に建つのが、八棟造の社殿です。
現在の社殿は、慶長12年(1607年)に豊臣秀頼が、片桐且元を普請奉行として造営したものです。
歴史的に貴重な建築のため、国宝に指定されています。
社殿は、手前に拝殿、奥に本殿があります。
拝殿と本殿は、軒が低い石の間で結ばれています。
上の写真に写っているのは、拝殿です。
参拝者は、この拝殿の前に立ち、奥の本殿に向かって祈願します。
社殿の屋根は、落ち着きのある桧皮葺ですが、その構造は複雑です。
ゆえに八棟造といわれているんですね。
屋根の正面上には、大きな三角形の屋根が乗っています。
これは、千鳥破風(ちどりはふ)と呼ばれるもので、建物内の喚気や光をとるために設けられますが、単なる装飾として設けられることもあります。
また、千鳥破風の下には、弓なりになった唐破風(からはふ)もついています。
拝殿は横に長いので、大勢の参拝者が一度にお参りできるようになっていますよ。
社殿を横から見る
今度は社殿を横から見ましょう。
境内の北西にある天狗山からだと、屋根の構造がわかりやすいです
上の写真の左側の屋根が本殿です。
先ほど見た拝殿の屋根は、右から2つめです。
両者の間に石の間が設けられています。
一番右側にあるのは、楽(がく)の間の屋根で、左右合わせて2つあります。
通常、参拝者は、石の間に入ることができませんが、8月に行われる御手洗川足つけ燈明神事の際に御本殿石の間通り抜け神事も行われ、このときに石の間を見ることができますよ。
天狗山からだと、社殿の屋根の複雑さがよく見え、八棟造と呼ばれている意味がわかりますね。
裏の社
社殿の裏側に回ると、中央に裏の社があります。
この裏の社には、御后三柱(ごこうのみはしら)と呼ばれる祭神が祀られています。
御后三柱は、菅原道真の遠い祖先の神である天穂日命(あめのほひのみこと)、道真の祖父の菅原清公(すがわらのきよきみ)、そして、道真の父の菅原是喜(すがわらのこれよし)で、学徳成就のご利益を授けてくれます。
北野天満宮に参拝した際は、裏の社にも忘れずにお参りしておきたいですね。
北野天満宮の社殿は、その複雑さから規模が大きく、とても見ごたえがあります。
普段は中に入ることはできませんが、外観を見るだけでも、その見事さがわかりますよ。
北野天満宮を訪れた際は、時間をかけて、じっくりと社殿を見ておきましょう。
なお、北野天満宮の詳細については以下のページを参考にしてみてください。