元日に鴨川に架かる三条大橋を渡りました。
三条大橋は、2023年に工事が実施されていましたが、2024年の元日に訪れた時には工事が終わっていました。
前回の橋の補修が昭和49年(1974年)ですから、約50年ぶりに橋が更新されたことになります。
新年から、ぴかぴかになった三条大橋を渡ると、何か良いことがありそうです。
白色の欄干
三条大橋の最寄り駅は、地下鉄の三条京阪駅、または京阪電車の三条駅です。
どちらの駅からも、出て西に少し歩くと三条大橋の東側に到着します。
三条大橋を東から西に向かって渡りましょう。
以前の欄干は茶色かったのですが、今は、真新しい白色です。
いずれ、また茶色くなるでしょうから、白色の姿を見られるのは今のうちです。
三条大橋は、東海道五十三次の西の始発地点です。
橋の東側には、ここが駅伝発祥の地であることを示す石碑も置かれていますよ。
新しくなった欄干越しに鴨川を眺めます。
冬の冷たい空気のためか、新しい三条大橋から鴨川を眺めていると、身が引き締まってきます。
道路側の柵。
これも新しくなったように見えますが、今まで意識して見ていなかったので以前の姿を覚えていません。
欄干の十字の金具は、以前から使っていたもののようです。
そして、高欄の擬宝珠(ぎぼし)も昔のままです。
三条大橋の擬宝珠の一部には、元治元年(1864年)に起こった池田屋事件の時に付いたとされる刀傷が残っていますよ。
三条大橋は、京都の歴史から見ると、比較的新しい橋です。
架けられたのは、天正18年(1590年)。
この年、豊臣秀吉は、小田原の北条氏を討伐するために出陣します。
その時に奉行の増田長盛に命じて架けさせたのが、三条大橋でした。
派手好きで有名な豊臣秀吉は、自らの出陣する姿を京都の人々に見せようとしたのでしょう。
北条氏を討伐すれば、戦国時代は終わり天下が統一されます。
そう、三条大橋は天下統一の象徴となるべき橋だったんですね。
そして、北条を討伐した秀吉は、三条大橋を渡って凱旋します。
たくさんの兵士を率いて渡る橋なので、その造りは頑丈でなければなりません。
日本で最初の石柱でできた三条大橋は、そのような目的も持っていたことでしょう。
三条大橋を西側に渡りました。
元日の車道を眺めると、自動車はほとんど走っていませんでしたよ。
三条大橋は、これからも長く京都の交通にとって重要な役割を果たしていくことでしょう。