銀座発祥の地・伏見銀座跡

日本でもっとも有名な繁華街はどこでしょうか。

そのような統計があるのかは知りませんが、東京の銀座は、関東に住んでいない人でも知っている繁華街ですから、日本で最も知られた繁華街の一つだと思います。

その銀座。

実は、発祥は京都市伏見区なのです。

徳川家康によっておかれた銀座

京阪電車の伏見桃山駅を出ると、西に向かって商店が建ち並んでいます。

ここは大手筋商店街で、その入口付近、伏見桃山駅近くの中央労働金庫の建物の前に「此付近 伏見銀座跡」と刻まれた石碑が立っています。

此付近 伏見銀座跡

此付近 伏見銀座跡

そうです。

ここが銀座発祥の地です。

石碑の近くに設置された説明書を読んでみましょう。

伏見桃山駅から北は銀座町で、江戸時代のはじめに徳川家康によってはじめて銀座がおかれたところです。

銀座とは、鋳を加工して一定の品位をもつ丁銀(ちょうぎん)、小玉銀などの銀貨とする独占鋳造所のことで、特権商人によって構成されていました。

徳川家康は、関ケ原の戦いに勝利した翌年の慶長6年(1601年)5月に後藤庄右衛門、末吉勘兵衛に銀座取立を命じ、この地に四町の屋敷を与えました。

そして、有力商人の座人が集められ、早くから銀鋳造は特殊技術を持つ大黒常是(だいこくじょうぜ)が鋳造を担当し、銀座会所、座人屋敷が建ち並びました。

これが、江戸時代銀座のはじまりだそうです。

伏見銀座跡の石碑の近くには、南北に両替町通(銀座通)があります。

通りの名からも、この付近に銀座がおかれていたことがうかがえます。

さて、伏見におかれた銀座ですが、慶長13年に京都市中京区の両替町に移されます。

地下鉄の烏丸御池駅の北西、京都国際マンガミュージアムの近くですね。

今でも、中京区に両替町通があり、道路わきには銀座と金座があったことを示す石碑が立っています。

京都の銀座については以下の記事で紹介していますので、ご覧になってください。

伏見銀座は、京都銀座に移された後に廃止されました。

徳川家康は、他に慶長11年に駿府にも銀座を設け、同17年に駿府から江戸に移し、これが、現在の東京の銀座の地名になっています。

なお、京都銀座は、慶長13年に大坂、同19年に長崎に出張所を設けています。

今は、銀座と言えば、すぐに東京の銀座を思い浮かべますが、実は、その発祥は京都の伏見だったんですね。

もしも、伏見に金座や銅座が置かれていたら、日本各地にある銀座は、金座や銅座と呼ばれていたかもしれません。

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