京都市内には、多くの町家が残っています。
最近は、取り壊されていくものもありますが、外観はそのままに飲食店や宿に改装して存続している町家をよく見るようになりました。
京都のビジネス街の四条烏丸では、特に町家が目につきますが、それは、ここが祇園祭の鉾町で多くの町会所があるから。
四条通から新町通を北に2分ほど歩いた辺りに建つ古結棚町会所(こゆいだなちょうかいしょ)もその一つ。
普段は静まり返った古結棚町会所
古結棚町会所には、地下鉄の四条駅、または、阪急電車の烏丸駅から北西に約5分歩くと到着します。
新町通に面する古結棚町会所は、木造2階建てのこげ茶色の外観。

古結棚町会所
黒い屋根瓦とともに古くからこの地にあったことを想像させます。
普段は、まったく人の気配がせず、ここが町会所だと知らない旅行者だと空き家と勘違いしそう。
建物の右前に立つ京都市の駒札には、古結棚町会所の説明が書かれており、これを読むとただの古い建物ではないことに気づきます。
放下鉾保存会
古結棚町会所は、祇園祭の放下鉾保存会(ほうかほこほぞんかい)の建物。

やや左から見た古結棚町会所
この外観と祇園祭が結び付くと、急に文化的価値が高い建造物に見えてくるのが不思議。
説明書によれば、古結棚町会所の建物は、新町通に面した会所家と奥にある土蔵から構成されているとのこと。
道路からでは、正面の建物しか見えず、土蔵があるようには思えません。
会所家は、慶応3年(1867年)に建てられたということですから、ぎりぎり江戸時代。
昭和52年(1977年)から54年にかけての大修理で表構えが復元され、当初の面影が今も残る。
姿が全く見えない土蔵は、嘉永2年(1849年)の造営ですからペリー来航(1853年)より前。
元治元年(1864年)の蛤御門(はまぐりごもん)の変で、京都は大火に見舞われましたが、それを潜り抜け現存しているのは奇跡に近いのでは。
毎年7月になると、町会所の正面に放下鉾が建てられ、建物の2階部分から直接鉾に上がれるよう廊下が設置されます。

放下鉾
一見すると、会所の2階の窓から梯子のようなものを鉾に立てかけているような感じ。
でも、実際は、土蔵の2階から会所家の2階の裏縁にかけて廊下が渡されるようになっているので、外から見えている梯子のような部分より、廊下はもっと長大。
その廊下は、普段、1階天井に収納されているという。
古結棚町会所は、保存状態がよく、祇園祭町会所の典型例の一つとして価値が高く、昭和58年に京都市指定有形文化財に指定されました。
それを知らないと、この空き家はいつ取り壊されるんだという目で見てしまいますが、江戸時代の雰囲気を味わいながら会所の前を通り過ぎたいものですね。