前祭の宵山を見に行った-月鉾、函谷鉾、長刀鉾・祇園祭2026年
7月15日に祇園祭の前祭の宵山を見に行きました。 郭巨山を見た後は、四条通を東に歩き、最も賑わう四条烏丸に鉾を見に行きます。
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7月15日に祇園祭の前祭の宵山を見に行きました。 郭巨山を見た後は、四条通を東に歩き、最も賑わう四条烏丸に鉾を見に行きます。
7月15日に祇園祭の前祭の宵山を見に行きました。 綾傘鉾を見た後、大混雑する四条通に出てきました。 ここからは四条通に立つ山鉾を中心に見て歩きます。
7月15日に祇園祭の前祭の宵山を見に行きました。 油天神山を見た後は、芦刈山(あしかりやま)を見に行きます。
7月15日に祇園祭の前祭の宵山を見に行きました。 岩戸山を見終えた後、仏光寺通を西に歩き、木賊山(とくさやま)を見に行きます。
7月15日に青龍神水宵宮祇園大茶会の様子を見た後、四条烏丸に前祭(さきまつり)の宵山を見に行きました。 前祭の宵山期間は14日から16日まで。 15日と16日は四条河原町から四条堀川付近までが歩行者天国になり、祇園祭の宵山を見ようと訪れる人で賑わいます。 夜に前祭の宵山を見に行くのは久しぶり。
京都市左京区の哲学の道沿いに建つ大豊神社は、仁和3年(887年)に宇多天皇の病気平癒のために創建された社。 主祭神として祀るのは、医薬の神として信仰される少彦名命(すくなひこなのみこと)です。 天皇の病を治癒する目的で創建した社ですから、治病健康にご利益がある神さまを祀ったのは納得。 ところで、少彦名命は、なぜ医薬の神さまとして崇敬されているのでしょうか。
人や車の行き来が多い四条烏丸の交差点から南に約3分歩き、高辻通を東に入って再び東洞院通を南に曲がり進んだ先、左手に京都らしい風情を感じさせる町家が建っています。 ここは、燈籠町会所(とうろうちょうかいしょ)で、7月の祇園祭に保昌山(ほうしょうやま)を出します。
12月下旬にホテルオークラ京都にイルミネーションを見に行った後、京都駅を訪れました。 京都駅ビルでは、通年で大階段のグラフィカルイルミネーションPlusを見られ、季節に合わせた映像が上映されています。 また、2024年12月13日から2025年12月31日まで、「東広場ライトアップ 光の和絵巻-四季の京夜灯-」も開催されており、夜の京都駅ビルの壁面にプロジェクションマッピングで有名な建物が描かれます。 1年以上行われていたのに全く気づかず、もう終了間際となっていました。
幕末に長州藩が京都御所を攻撃する蛤御門(はまぐりごもん)の変が起こり、京都市中では多くの家屋が焼失しました。 さらに明治になって首都が東京に遷ったことにより、京都はこのままさびれていくだけかと思われました。 しかし、長州藩士の槇村正直(まきむらまさなお)が、明治元年(1868年)より権大参事(ごんのだいさんじ)となったことで京都の復興が進み、明治5年には第1回京都博覧会が催され、京都に活気が戻り始めました。
京都市南区の五重塔で有名な東寺から大宮通を少し南に歩いたところに大通寺というお寺が建っています。 観光寺院ではないので、境内に入る人はおらず、自動車の通りが多い大宮通にあっても、ひっそりとした雰囲気を持っています。 そんなことから素通りされてしまう大通寺ですが、歴史的には、源実朝の御台所であった坊門信子(ぼうもんのぶこ)ゆかりのお寺として興味深い一面を持っています。