北野天満宮の宝刀展で源氏重代の髭切の太刀を拝観

2月3日の節分の日に京都市上京区の北野天満宮に参拝しました。

もちろん節分会を見ることが目的だったのですが、開始時間まで余裕があったので、宝物殿で行われていた「学問の神・驚きの『宝刀展』」を見て時間をつぶすことに。

なお、宝刀展は2016年3月13日までです。

渡辺綱が鬼の腕を斬った太刀

北野天満宮の最寄り駅は、京福電車の北野白梅町駅です。

駅から東に5分も歩けば鳥居の前に到着します。

市バスだと「北野天満宮前」で下車してすぐですね。

宝物殿の前に来てみると、宝刀展の案内が出ていました。

宝物殿の入り口

宝物殿の入り口

そして、入り口には、刀剣乱舞という人気ゲームのキャラクターが、いかにも、ここで宝刀展を開催してますよと言わんばかりに立っていましたよ。

宝刀展の拝観料は300円です。

展示物のカメラでの写真撮影は禁止だったのですが、携帯電話での写真撮影は問題なしとのこと。

こういった宝物の展示は、どこも写真撮影禁止なのですが。

今回の展示では、國綱と恒次の2振りの重要文化財の太刀も拝観できるとのこと。

下の写真に写っているのは國綱です。

ちなみに写真は、一緒に拝観した友人の撮影です。

國綱(鬼切/髭切)

國綱(鬼切/髭切)

國綱は安綱、鬼切、友切、髭切など様々な呼ばれ方をしてきた太刀です。

平安時代に源頼光に仕えた渡辺綱が、一条戻橋で鬼の腕を切ったとされるのがこの太刀です。

故に鬼切と呼ばれていました。

鬼切は、源氏重代の太刀として、源氏に代々伝わってきました。

そして、源義朝の代では髭切と呼ばれるようになります。

髭切は義朝の嫡男の頼朝に受け継がれましたが、平治の乱で敗れ平家に捕えられた時、平清盛に没収されます。

しかし、この時、頼朝が清盛に差し出した髭切は偽物だったと言われています。

真相はよくわかりません。

なお、北野天満宮に國綱が奉納されたのは明治13年(1880年)のことで、それまでは最上家が保管していたとのこと。

恒次と直刀

もう1振りの重要文化財の太刀の恒次も見ておきましょう。

恒次

恒次

作者は鎌倉時代中期に活躍した備中国の青江恒次です。

刀身は2尺4寸5分5厘(74.4cm)です。

國綱が2尺7寸9分2厘(85.4cm)ですので、少し短めです。

金色の鞘を見ると、高級な刀だと想像できますね。

恒次は、元禄15年(1702年)2月25日に八百年大萬燈祭に加賀藩主の前田綱紀から北野天満宮に奉納されたものだとか。

ちなみに前田綱紀は名君と言われた殿さまです。

こちらは直刀の太刀です。

直刀

直刀

日本の刀は、背が反っているものが多いのですが、まっすぐの刀もあったんですね。

この直刀も立派な鞘が付いています。

他にも、脇差、短刀、長刀など、多数の刀が展示されていました。

鎧もありましたよ。

豊臣秀頼が寄進した絵馬なども見れて、拝観料がわずか300円ですから十分に満足できました。

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