時代祭-延暦時代・2015年
10月22日に行われた時代祭も、いよいよ最後の延暦時代に入りました。 延暦時代は、平安時代の前期の頃で、天皇を中心とした政治が行われていた時代です。
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10月22日に行われた時代祭も、いよいよ最後の延暦時代に入りました。 延暦時代は、平安時代の前期の頃で、天皇を中心とした政治が行われていた時代です。
10月22日に行われた時代祭もいよいよ平安時代に入ります。 時代祭では、平安時代は藤原時代と延暦時代に分けられており、最初に登場するのは藤原時代の行列です。 藤原時代は、藤原氏による摂関政治が行われていた時代で、時代祭の行列は貴族らしさが表現されていますね。
10月22日に行われた時代祭は吉野時代から鎌倉時代に入ります。 鎌倉時代は、日本の歴史の中では150年もなく割と短かった時代です。 そのためか、時代祭の鎌倉時代の行列も他の時代と比較すると短めですね。
10月22日に行われた時代祭は、室町時代の行列が過ぎたところで半分程度です。 次に登場するのは吉野時代の行列です。 吉野時代とは聞きなれないですが、この時代は後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒した後の建武の新政の時代です。 一般的には南北朝時代と呼ばれていますが、時代祭が明治時代に始めったことを考えると、南朝を正統とする風潮が強かったでしょうから、吉野時代と呼ぶようにしたのかもしれません。
10月22日に行われた時代祭は、安土桃山時代まで終了しました。 続いて登場するのは室町時代の行列です。 室町時代の行列は、時代祭が始まった時にはなく、平成19年(2007年)から加わりました。 まだ室町時代の参加が最近のこととあって、衣装がきれいに見えましたよ。
時代祭の行列は安土桃山時代に入りました。 安土桃山時代は、織田信長と豊臣秀吉が活躍した時代です。 なので、時代祭でも、織田信長と豊臣秀吉を中心とした行列が進みます。
10月22日に行われた時代祭の明治維新時代の行列が過ぎた後は、江戸時代の行列の登場です。 江戸時代の行列は、参加している人数がとても多いので、見ごたえがあります。
毎年10月22日は、京都で三大祭のひとつである時代祭が行われます。 時代祭は、明治維新時代から延暦時代まで、歴史をさかのぼるように各時代の衣装を着た行列が京都の町を練り歩きます。 出発は京都御所の建礼門で、河原町通や三条通を進み平安神宮へと向かいます。 ということで、京都御苑に時代祭を見に行ったので、その模様をお伝えします。
9月28日は、大きな満月が見れる日。 そのスーパームーンを見るために京都府八幡市の背割堤(せわりてい)に行ってきました。 背割堤は桜の名所。 今は桜の花は咲いていませんが、それでも風情のある月見ができるだろうと期待して午後6時過ぎに背割堤にやってまいりました。
9月27日は中秋の名月でした。 京都の空は雲がなく、おそらく、どこからでも中秋の名月を楽しめたのではないでしょうか。 私が中秋の名月を観賞したのは、京都府八幡市の石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)です。 何も行事は行われていなかったのですが、石清水八幡宮には展望台があるので、そこから名月を楽しもうと思った次第です。