御池通で観覧した時代祭-中世婦人列・2026年

10月22日に御池通で観覧した時代祭。

鎧に身を包んだものものしい武将たちで構成された楠公上洛列の後は、2つ目の婦人列である中世婦人列がしとやかにやってきました。

大原女と桂女

中世婦人列の濃い赤色ののぼりが御池通の中央を進む。

中世婦人列

中世婦人列

 

本列の前方は、頭に薪を乗せて歩く女性たち。

彼女たちは、大原女(おはらめ)と呼ばれます。

大原女

大原女

奉仕するのは、大原観光保勝会。

京都市左京区の大原は、今でものどかな景色が残り、紅葉の時期には多くの観光客や旅行者が訪れます。

その大原から、薪や炭などを売りに出てきた女性たちが大原女。

 

服装は、室町時代末期のもので、柄や模様はまちまち。

過ぎ去る大原女

過ぎ去る大原女

現代の行事なので衣装は清潔に保たれていますが、当時の庶民の服装はこんな感じだったのかと想像できます。

 

次も女性たちの集団で、洛西の桂から鮎や飴を売りに出てきた桂女(かつらめ)の姿を再現しています。

桂女の列は、桂女性会と桂東女性会が交互に奉仕します。

桂女

桂女

先ほどの大原女は、白い靴下のようなものを履いていましたが、桂女は素足にわらじ履き。

前者は山から降りてくるのに対し、後者は川で取れた鮎を都に届ける点で異なり、それが足元に表れているのでしょうね。

ちなみに桂女の頭を覆っている白い布は桂包(かつらづつみ)といいます。

彼女たちは、他に婚礼や出産のときに祝詞(のりと)をとなえる巫女も業としていたそうですが、時代祭では、巫女の姿をした桂女は見られません。

 

中世の有名人たち

桂女の後は、歴史に名を残した女性たちがやってきます。

中世婦人列は、京都花街組合連合会が奉仕し、今年は上七軒の芸舞妓さんが担当したそうです。

 

豊臣秀吉の側室で秀頼の母である淀君が後ろに従者を連れて歩いてきました。

淀君

淀君

衣装は、唐織、刺繍、染め、絞りなどの最高の技術を生かした桃山時代を代表する豪華な衣裳という。

時代祭を見ていて気付いたのですが、身分の高い人の衣装は橙色が多いですね。

この色が、高貴なものを象徴しているのでしょうか。

衣裳には、様々な模様も施されていますが、広い御池通の中央を歩いているため、細かい部分がわかりにくい。

後ろの白い服の男性は、淀君に赤色の傘を差しかけるのですが、強風の影響か、傘は半分閉じられた状態。

 

3人の侍女も続く。

侍女

侍女

侍女たちの衣装は、様々な色があしらわれており、どことなく浴衣のようなしつらえ。

彼女たちと比較すると、淀君の衣装がより豪華に感じられる。

 

笠を被り白い布で顔を隠している女性は、藤原為家の室。

『十六夜日記』の著者の阿仏尼ですね。

藤原為家の室

藤原為家の室

彼女の衣装は、中世女人の旅姿を表したもの。

すねには赤色の靴下のようなものが見られますが、これをつけると足が疲れにくいのでしょうか。

緑色の着物は、そんなに動きやすそうに見えません。

ただ、先ほどの淀君と比べると、体に張り付いた感じがなく、手足の可動域は広そうです。

右手で杖をつき、後ろからは荷物を担いだ従者も続く。

 

中世婦人列の最後は、静御前です。

静御前

静御前

時刻は14時20分を過ぎ、北側の歩道からは逆光になって写真撮影がしづらくなってきました。

やはり、南側の歩道を選ぶべきだった。

静御前は、源義経の愛妾で白拍子をしていた女性。

白拍子は、男装をして踊る女性のことで、源義経が活躍した平安時代後期に流行しました。

紫色の水干姿に烏帽子を被り、両手で鼓を持つ静御前。

水干が白色だと、神社の神職ですね。

後ろの童女が持っているのは傘ですが、こちらも風が強いためか畳んでいます。

今年の時代祭は、多くの列が風に悩まされていました。

 

この後は、鎌倉時代の城南流鏑馬列が登場します。

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