10月22日に御池通に時代祭を見に行きました。
維新勤王隊列が過ぎた後は、維新志士列の登場です。
前半は有名人が多い
白地に黒い字で「維新志士列」と記されたのぼりを先頭に志士たちがやってきました。

維新志士列
他の行列より人数が少なめとあって、1列で進んできます。
また、列が短くならないように意識しているのか、比較的、人と人の間隔が広く取られています。
そのため、写真撮影がしやすく、観覧者にはありがたい。
維新志士列は、前半に歴史の教科書や時代劇でお馴染みの有名どころが登場します。
先頭を行くのは桂小五郎。
長州藩の重要人物で薩長同盟の締結に関わったり、藩をまとめて倒幕に向かわせるなど明治維新の実現に貢献した人物。
頭は細く剃り上げた月代(さかやき)が特徴的で、当時の志士たちの流行りをよく表しています。

桂小五郎(左)と西郷吉之助(右)
その後ろに続くのは、薩摩藩士の西郷吉之助。
後の西郷隆盛で、倒幕のために薩摩藩をまとめ上げた人物。
薩長同盟の締結時の薩摩藩の代表の一人で、桂小五郎と対談したことでも知られています。
毎年がっしりした体格の方が演じていますが、今年の方は上背がありますね。
西郷吉之助の後は、坂本竜馬がやってきましたが、写真は撮れず。
その後ろから続くのは中岡慎太郎と高杉晋作。

中岡慎太郎(左)と高杉晋作(右)
中岡慎太郎は、坂本竜馬とともに薩長同盟を斡旋した土佐の脱藩浪士。
衣装は、浪人らしく質素で、色合いも上が深緑、下が灰色と地味。
高杉晋作は、桂小五郎と同じく長州藩士で月代も細い。
奇兵隊を組織し、幕府の長州征伐に抗戦したことで知られています。
羽織を着ているのが、先を行く浪人二人と異なる。
七卿落ち
中盤は、文久3年(1863年)に起こった八月十八日の政変の後、京都政界を追放され、長州藩に向かう七卿落ちの列が続きます。
先頭の甲冑姿の人物は、久留米の神官真木和泉(まきいずみ)。
その後ろは、兜は被っていないものの鎧を着用した長州藩士の久坂玄瑞(くさかげんずい)。

真木和泉(左)と久坂玄瑞(右)
長州藩は、戊辰戦争で鎧を着ずに戦っていた印象が強いですが、文久3年頃は、まだ戦国時代のような出で立ち。
真木和泉も久坂玄瑞も、翌年に兵を率いて京都に舞い戻ってきましたが、蛤御門(はまぐりごもん)の変で討死しています。
続いて長州に落ちていく七卿。

七卿
先頭から、三條實美(さんじょうさねとみ)、三條西季知(さんじょうにしすえとも)、東久世通禧(ひがしくぜみちとみ)、壬生基修(みぶもとなが)、四條隆謌(しじょうたかうた)、錦小路頼徳(にしきこうじよりのり)、澤宣嘉(さわのぶよし)。
三條實美は、明治政府で太政大臣になっていますが、それ以外はほとんど知られていません。
長州に落ちた日は雨が降っていたことから、時代祭でも七卿は笠を被り蓑を羽織っています。
こういう細かいところを忠実に再現しているのも、時代祭の見どころ。
七卿落ちの後は、鎧を着た吉村寅太郎が登場しますが、写真は撮れませんでした。
安政の大獄の犠牲者たち
続いては、安政の大獄で処刑された志士たち。
頼三樹三郎(らいみきさぶろう)と梅田雲浜(うめだうんぴん)がやってきました。

頼三樹三郎(左)と梅田雲浜(右)
頼三樹三郎は儒学者で、ちょんまげの結い方が当時の学者っぽい。
梅田雲浜は、福井小浜藩士。
どちらも、幕府の外交政策と将軍継嗣問題に首を突っ込んだことから安政の大獄で捕らえられています。
黒い韮山笠(にらやまがさ)を被って表情が隠れているのは橋本左内。

橋本左内
何やら策士らしい印象を与える姿。
福井藩士で、藩主の松平春嶽の側近として活躍しましたが、将軍継嗣問題に関わったとして捕縛されています。
焦げ茶色の羽織と茶色の着物で上下を揃えているのは、長州藩士の吉田松陰。

吉田松陰
松下村塾を開き、高杉晋作や久坂玄瑞などを輩出したことで知られていますが、安政の大獄で捕らえられた際に老中暗殺計画を自供したことから処刑されました。
今年の吉田松陰は、どことなく学校の先生のような雰囲気がある。
公卿たちの列
後方は、公卿たちの列です。
平安時代の文官を思わせる黒い衣装をまとって登場したのは近衛忠煕(このえただひろ)。

近衛忠煕
異常に長い尻尾が特徴的。
いや、これは尻尾ではなく、裾(きょ)と呼ばれるもの。
5メートルくらいありそうな裾の後ろを2人で引っ張るように持ち上げ、決して地面につけることはない。
アスファルトに擦れると傷んでしまうでしょうから、後方の2人の役割は重要です。
近衛忠煕は、薩摩藩の篤姫を養女に迎え13代将軍徳川家定に嫁がせたことで知られています。
その後からは、姉小路公知(あねのこうじきんとも)、三條實萬(さんじょうさねつむ)、中山忠能(なかやまただやす)、平野国臣(ひらのくにおみ)が等間隔で進んできました。

姉小路公知、三條實萬、中山忠能、平野国臣
鮮やかな朱色の衣装の姉小路公知は、強硬な攘夷思想を持っていましたが、外国船を目の当たりにして態度を変えたところ、猿ヶ辻の変で暗殺されています。
真っ白な衣装をまとっている三條實萬は、今天神と称された秀才で、先ほど登場した三條實美の父。
中山忠能は、明治天皇の祖父で、皇女和宮を14代将軍徳川家茂に降嫁させた際に江戸に随行しています。
最後の平野国臣は、公家のような衣装ですが福岡藩士で、生野の変に失敗した後、幕府に捕えられ六角獄舎で処刑されています。
後半は、知名度が低い人物ばかりなので、観覧者もあまり注目していないようでした。
維新志士列は、その前の維新勤王隊列のように鳴り物がなく、ただ歩いていくだけ。
それゆえ、盛り上がりに欠けるところがあります。
でも、すべての行列が賑やかすぎると、見る方も疲れるので、箸休めのような維新志士列もあった方が良いですね。
ゆっくり静かに維新志士列が東に向かった後、再び西から活気ある掛け声とともに徳川城使上洛列がやってきました。