祇園祭で保昌山を出す燈籠町会所

人や車の行き来が多い四条烏丸の交差点から南に約3分歩き、高辻通を東に入って再び東洞院通を南に曲がり進んだ先、左手に京都らしい風情を感じさせる町家が建っています。

ここは、燈籠町会所(とうろうちょうかいしょ)で、7月の祇園祭に保昌山(ほうしょうやま)を出します。

会所家、土蔵、稲荷大明神が建つ

燈籠町会所の最寄り駅は、地下鉄の四条駅、または、阪急の烏丸駅です。

どちらの駅からも、東に徒歩約5分で到着します。

東洞院通に面する会所家は、左右を建物に挟まれ窮屈そうですが、これも、京都市内でよく見られる光景。

南隣には保昌山保存会の会所も建っています。

燈籠町会所

燈籠町会所

全体的に黒い外観ですが、2階部分の壁は白色。

建物の左の駒札に記された説明書によると、現在の会所家は、明治3年(1870年)の造営とのこと。

町有文書には、享保19年(1734年)に近江家五郎兵衛から購入したことがみえ、以来、この敷地に変化はないと考えられています。

また、文政8年(1825年)に没した大島家傳次郎が会所を寄付したとの町内の言い伝えも残っています。

現在の敷地には、会所家の他に土蔵と稲荷大明神も建っていますが、普段、見られるのは会所家の建物だけです。

会所家は2階が一部路地の上にまたがり、その表の間は祇園祭の時にはお飾り場となります。

2階の室内は、長押をまわし、格天井を張り、御神体を安置する中央部を折り上げて格式ある構成をしているということですが、建物に入ったことがないので、どのような内装なのかは説明書から想像するしかありません。

外から見えない土蔵は、文化5年(1808年)の造営。

燈籠町会所は、会所家以下の建物がそろい、お飾り場にも特色があって、祇園祭町会所として貴重ということで、昭和58年(1983年)に京都市指定有形文化財に指定されています。

祇園祭の山鉾は、烏丸通より西側に集中して建ち、東側に建つのは保昌山と長刀鉾だけ。

長刀鉾は交通量が多い四条通沿いに建っているので、多くの人の目に触れますが、保昌山が建つ東洞院通は祇園祭の期間中でも、あまり人が増えることがありません。

前祭も後祭も、宵山の間は、四条烏丸の西に人が集中し、保昌山は忘れられがちです。

巡行中の保昌山

保昌山は、7月17日の前祭(さきまつり)の巡行で見られます。

山の上に乗る御神体は、和泉式部に恋した平井保昌(ひらいやすまさ)が、彼女の願いで紫宸殿(ししんでん)の梅を手折った姿をあらわしています。

真夏の街路樹の緑と重なり満開の紅梅を見られるのも保昌山の特徴。

保昌山

保昌山

平井保昌は源頼光の四天王の一人でもあり、御神体がまとう鎧は、明智光秀の甥が着ていたものと伝わっています。

また、天明の大火(1788年)で焼けた足利家の紋入りの以前の鎧は、室町時代にこの辺りに足利家の別邸があったことから、直々に寄贈されたものと考えられています。

巡行中は、御神体の鎧にも注目したい。

祇園祭前祭の宵山期間(7月14日から16日)は、人が賑わう四条烏丸の西側に行きたくなりますが、ぜひ、東の燈籠町会所にも足を運び、会所飾りや御神体をご覧になってください。

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