牛若丸の兵法は誰から学んだもの?・鬼一法眼社

京都市左京区にある鞍馬寺の境内に鬼一法眼社(きいちほうげんしゃ)という神社が建っています。

鬼一法眼は、平安時代末期の陰陽師(おんみょうじ)で、義経記(ぎけいき)に登場する人物です。

義経の兵法は鬼一法眼から盗んだ書物のおかげ

下の写真に写っているのが、鬼一法眼社です。

鬼一法眼社

鬼一法眼社

説明書には以下のように書かれています。

鬼一法眼は牛若丸に六韜三略(りくとうさんりゃく)の兵法を授けた 武芸の達人といわれる。

これを読むと、鬼一法眼は牛若丸こと源義経の武芸の師匠のように思えますが、義経記では、義経が鬼一法眼から六韜三略のうちの「虎の巻」を盗んだことになっています。

平治の乱の後、牛若丸は鞍馬寺に預けられました。

鞍馬寺で牛若丸は、天狗から武芸を習ったと伝えられていますね。

ある日、牛若丸は、鬼一法眼に六韜三略を読ませてもらうために一条堀川の彼の屋敷に許可をもらおうと訪ねました。

しかし、鬼一法眼は牛若丸の頼みを断ります。

そこで、牛若丸は、彼の娘に近づき、六韜三略の虎の巻を盗んでくるように指示します。

娘は、鬼一法眼に見つかることなく虎の巻を牛若丸に届けることに成功。

そして、牛若丸は虎の巻を読み、そこに書かれている兵法を会得したのです。

ちなみにこの時に牛若丸が書き写した虎の巻が、鞍馬寺に保管されています。

牛若丸が虎の巻を盗み読んだことを知った鬼一法眼は、弟子に義経の殺害を命令します。

しかし、その弟子は、あえなく牛若丸に返り討ちにされてしまいました。

その後、牛若丸は旅に出、残された鬼一法眼の娘は悲しみ嘆き亡くなったそうです。

陰陽師となじみがある一条堀川

鬼一法眼が住んでいた一条堀川は、京都市上京区の京都御所の西の方にあります。

一条戻橋が架かっている辺りですね。

一条戻橋

一条戻橋

一条戻橋の近くには、鬼一法眼と同じ陰陽師の安倍晴明を祀っている晴明神社が建っています。

晴明神社

晴明神社

どうやら一条堀川は、陰陽師となじみの深い場所のようですね。

と、ここまで鬼一法眼について書いてきましたが、実は、鬼一法眼は架空の人物です。

なので、牛若丸が鬼一法眼から六韜三略の虎の巻を盗み出したということも伝説でしかありません。

それなのに、鞍馬寺に鬼一法眼を祀る神社があったり、牛若丸が書き写した虎の巻が保管されていたりするのは、なんとも興味深いことですね。

なお、鞍馬寺の詳細については以下のページを参考にしてみてください。