6月下旬に京都府宇治市の恵心院に参拝した後、宇治川沿いを南東に2分ほど歩き興聖寺(こうしょうじ)を訪れました。
興聖寺は、淀藩主の永井尚政が、慶安元年(1648年)に創建した曹洞宗のお寺です。
武将が建立したお寺とあり、境内は、力強さを感じさせる景観になっています。
琴坂の青モミジ
興聖寺には、京阪電車の宇治駅から南東に約10分歩くと到着します。
JR宇治駅からだと南東に徒歩約15分です。
興聖寺の入り口にやって来ました。
入り口には門があり、その前には「興聖寺」と刻まれた大きな石があります。
門をくぐると、緩やかな上り坂の参道が現れます。
この参道は、琴坂と呼ばれ、左右に多くのカエデが植えられています。
梅雨ということもあり、青モミジがしっとりとして見えますね。
秋には、紅葉も見られ、その頃は琴坂を歩く人の姿を見ますが、梅雨は訪れる人が少なく、ほぼ無人の状態です。
梅雨の境内
琴坂を上った先には、龍宮門があります。
龍宮門をくぐると、さらに薬医門が建っています。
薬医門をくぐると、山を背に法堂(はっとう)が建っています。
この日は、法堂の戸が開いており、中に祀られている本尊の釈迦牟尼仏、文殊菩薩、普賢菩薩を拝むことができました。
しっかりとお参りをしておきましょう。
法堂の前には、大きな石が配置されています。
戦国武将を思わせるような力強さを感じます。
永井尚政の父の直勝は、小牧長久手の戦いで豊臣方の池田恒興を討ち取った武将として知られています。
当寺は、永井尚政が、池田恒興の供養をしたいと考え、万安英種(ばんあんえいしゅ)を中興開山に迎え再興したものです。
法堂の裏には、永井家の墓所もありますよ。
石組の近くに植えられているサツキは、すでに花がなくなっており、葉だけとなっていました。
宇治では、本格的な梅雨になり、初夏の花は見られなくなっています。
薬医門から出て東に目をやると、庫裡(くり)の端が見えます。
この辺りも、どことなくお城を思わせるような景色ですね。
花手水は、梅雨らしくアジサイでした。
アジサイには水が似合いますね。
7月に入ると、アジサイは花が乾燥し終わりに近づきます。
龍宮門から外に出て琴坂を下ります。
琴坂の石垣から水が溝に流れていました。
その水を隠すかのように板が立てられていましたよ。
石に映えたコケの緑色も梅雨らしさを感じさせてくれます。
梅雨の興聖寺は人が少なく静かでした。
拝観料を納めるとお堂の中に入ることができ、血天井などを見ることができますから、興味がある方は拝観すると良いでしょう。
この後は、宇治川沿いを散策します。
なお、興聖寺の詳細については以下のページを参考にしてみてください。