京都市東山区の京阪電車七条駅近くには、観光名所として有名な三十三間堂があります。
また、その正面には数々の美術品を展示している国立博物館もあります。
この周辺に訪れる多くの観光客の方のお目当ては、上のどちらかのようで、拝観が終わるとすぐに市バスに乗って帰ってしまいます。
しかし、三十三間堂周辺には、多くの寺社が密集しているので、三十三間堂や国立博物館だけに立ち寄って帰るのは、非常にもったいないです。
そこで、今回は、三十三間堂周辺の気軽に訪れることができる寺社を紹介したいと思います。
法住寺
三十三間堂の東側の門からすぐの場所に法住寺が建っています。
法住寺は、平安時代末期に後白河上皇が院の御所を造営した場所で、不動堂や千手観音堂などが建立されました。
法住寺の裏には、後白河天皇陵があり、その守護のために当寺は建てられました。
境内のお堂には、方除など災厄の身代りになってくれる不動明王が安置されています。
養源院
法住寺の隣には、養源院が建っています。
養源院は、豊臣秀吉の側室の淀殿が父の浅井長政の菩提を弔うために創建しました。
江戸時代初期に焼失しましたが、伏見城の遺構を移して再建されています。
養源院の天井は、血天井と呼ばれています。これは、関ヶ原の合戦の前に伏見城にたてこもった東軍の鳥居元忠が、城を枕に自刃した際に血がついた床を天井にしたことが由来です。
血天井の拝観には、拝観料が必要となりますが、境内は無料です。
智積院
三十三間堂から七条通を東に3分ほど歩いた場所には、智積院(ちしゃくいん)が建っています。
智積院の境内は広く、立派な建物が多数建っています。
もともとこの地は、豊臣秀吉が幼くして亡くなった子の鶴松の菩提を弔うために建立した祥雲禅寺があった場所です。
秀吉の死後、紀州根来にあった智積院を再興するために僧の玄宥(げんゆう)が徳川家康に願い出て、当地を与えられました。
庭園は拝観料が必要ですが、境内は無料です。
妙法院
智積院の北には、妙法院が建っています。
境内には、国宝に指定されている庫裡(くり)があります。
妙法院は、室町時代に佐々木道誉に焼き打ちされたり、幕末には七卿落ちの舞台になったりと何度か歴史に登場しています。
新日吉神宮
智積院と妙法院の間にある坂道を上っていくと朱色の門が鮮やかな新日吉神宮(いまひえじんぐう)が建っています。
本殿の正面には、日吉大神の使者とされる猿神が置かれています。
また、境内には菅原道真を祀った飛梅天満宮もあります。
豊国神社
国立博物館の北には、豊臣秀吉を祀った豊国神社が建っています。
豊国神社の唐門は、国宝に指定されています。
神社の北側には、豊臣家滅亡の原因となった方広寺の釣り鐘があり、また、鳥居の正面には朝鮮出兵の際に敵の耳や鼻を埋めた耳塚もあります。
以上、三十三間堂周辺の寺社を簡単に紹介しました。
この近くは、豊臣秀吉と関係の深い寺社が多いのが特徴ですね。
他にも秀吉の廟所である豊国廟も近くにありますが、長い石段を上るのが大変なので、気軽に訪れることができる場所とは言えません。
三十三間堂や国立博物館を訪れた後、時間があれば、その周辺の寺社に訪れるといいと思いますよ。
宿泊を予定している場合は、京阪七条駅近くの宿に泊まると便利ですね。
京都駅から市バスで10分程度、歩いて行くこともできる距離なので、京都駅周辺で宿泊するのもいいですね。