与杼神社と淀城跡

京阪電車の淀駅と言えば、京都競馬場があることで有名です。

京都市の南に位置する伏見区の南端にあるのが淀で、まさに京都市の南端にあたる地域と言えます。

2009年9月に淀駅の大阪方面乗り場と京都競馬場が直結し、淀駅周辺は少しずつ近代的な風景に変わりつつありますが、以前も今も変わらず、このあたりには与杼神社(よどじんじゃ)や淀城跡といった観光スポットが残っています。

与杼神社

淀駅の京都方面乗り場を出てすぐ目に付くのがコンビニの隣にある鳥居です。

この鳥居は与杼神社の鳥居なのですが、少し違和感があります。

最初は、全く気付かなかったのですが、よく見ると右に傾いています。下の写真がその鳥居なのですが、別に写真が傾いているわけではありません。

与杼神社の鳥居。よく見ると右に傾いています。

与杼神社の鳥居。よく見ると右に傾いています。

創建は10世紀頃で、現在地に移ってきたのは明治33年(1900年)とのこと。境内には、17世紀に建てられた拝殿があり、これは国の重要文化財に指定されています。

与杼神社の詳細については、与杼神社の由緒を参考にしてみてください。

与杼神社の境内を散策してみると小さな3つの末社が並んでいました。長姫大神、豊丸大神、川上大神とそれぞれ書いてありますが、どれも同じような社殿です。

末社の長姫大神。同じ様な社殿が左に2つ並んでいます。

末社の長姫大神。同じ様な社殿が左に2つ並んでいます。

淀城跡

与杼神社の境内の隣に淀城跡があるのですが、与杼神社の境内と淀城跡との境目がよくわかりません。見た感じだと淀城の敷地内に与杼神社が建っているように思えるのですが、おそらく境界線があるのでしょう。

淀駅近くにある淀城跡ですが、このお城は、江戸時代に建てられたもので、城主が何度か変わりましたが、稲葉家の居城として明治維新まで存続しました。淀城跡の詳細は以下のページを参考にしてみてください。

お城と言っても、現在では天守閣は残っておらず、石垣だけとなっています。

淀城跡の石垣。この上に天守閣がありました。

淀城跡の石垣。この上に天守閣がありました。

お城と言えば、石垣を取り巻く堀ですが、淀城跡にも堀は残っています。淀城のあるあたりは、木津川、宇治川、桂川が合流し、京都府八幡市で淀川となります。この3つの川が淀城を囲むように流れていて、城攻めが難しくなっていたわけですね。

淀城跡の石垣と堀。堀から石垣を登って攻めるのは難しそうです。

淀城跡の石垣と堀。堀から石垣を登って攻めるのは難しそうです。

淀城は、明治維新で廃城となり、現在は淀城跡公園となっています。

淀城跡内は公園となっています。

淀城跡内は公園となっています。

淀殿の居城であった淀城

淀城と言えば、豊臣秀吉の側室の淀殿の居城として知られていますが、現在の淀城跡は淀殿の居城ではありません。

淀殿の居城であった淀城は、文禄4年(1595年)に廃城となっており、今の淀城跡から500メートルほど北に行った納所(のうそ)にありました。

淀殿の居城の淀城は、江戸時代に建てられた淀城と区別して淀古城とも呼ばれます。淀古城については下のサイトで詳しく紹介されており参考になります。

また、「天にあらば」さんの淀城の記事で与杼神社と淀城跡について紹介されています。こちらの記事では、普段みることができない与杼神社の倉庫の中の神輿や立ち入り禁止の淀城跡の天主台の写真が紹介されていて、非常に興味深いですね。

今では、競馬の町として知られる淀ですが、歴史に登場する名所旧跡もあるので、観光に訪れるのもいいかもしれませんね。

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