初秋の方広寺にひょうたんを見に行った・2025年
9月上旬に京都市東山区の豊国神社に参拝した後、北隣に建つ方広寺にも参拝しました。 方広寺も、豊国神社と同じく豊臣秀吉と縁があるので一緒にお参りしておきたいですね。
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9月上旬に京都市東山区の豊国神社に参拝した後、北隣に建つ方広寺にも参拝しました。 方広寺も、豊国神社と同じく豊臣秀吉と縁があるので一緒にお参りしておきたいですね。
9月上旬。 京都市東山区に建つ豊国神社(とよくにじんじゃ)に参拝しました。 豊国神社は、その名からも連想できるように豊臣秀吉を祀っています。 日本史上、最も出世した人物であることから出世開運のご利益が有名ですね。
京都市東山区に建つ新熊野神社(いまくまのじんじゃ)は、永暦元年(1160年)に後白河上皇が熊野権現(くまのごんげん)を勧請(かんじょう)し、法住寺殿の鎮守としたのが始まりとされています。 後白河上皇は、今様(いまよう)という当時の流行歌が大好きで、その歌謡集である梁塵秘抄(りょうじんひしょう)を編んだのはよく知られた話です。 それから約200年後、新熊野神社で足利義満が観阿弥と世阿弥父子の能を観覧しています。
幕末に長州藩が京都御所を攻撃する蛤御門(はまぐりごもん)の変が起こり、京都市中では多くの家屋が焼失しました。 さらに明治になって首都が東京に遷ったことにより、京都はこのままさびれていくだけかと思われました。 しかし、長州藩士の槇村正直(まきむらまさなお)が、明治元年(1868年)より権大参事(ごんのだいさんじ)となったことで京都の復興が進み、明治5年には第1回京都博覧会が催され、京都に活気が戻り始めました。
7月28日に祇園祭の神輿洗式を見に行きました。 神輿洗式を終えた中御座の神輿が祇園石段下から南に遠ざかって行き、祇園祭もこれで終わりかとしみじみと佇んでいると、西の方から賑やかなお囃子が聞こえてきました。 お見送り提灯行列の登場です。
7月28日に行われた祇園祭の神輿洗式を見に来ました。 大松明が四条通を浄めた後、中御座の神輿が、八坂神社の南楼門から四条大橋を目指して進んでいきます。
7月28日の夕刻に八坂神社を訪れました。 午後6時から始まった祇園祭の神輿洗奉告祭は、約30分で終わり、これから道調べの儀が始まります。
7月29日の夕方。 京都市東山区の八坂神社を訪れました。 1ヶ月にわたり続く祇園祭は、ほとんどの行事を終え、残す大きな神事はこの日の夜に行われる神輿洗式だけとなりました。 神輿洗式は、盛り上がりのある行事で、山鉾巡行や神輿渡御を見られなかった方が、最後に祇園祭を楽しむのにおすすめです。
7月21日。 京都市東山区の八坂神社を訪れました。 この日は、午後5時から本殿と舞殿で、祇園祭の行事である八坂礼拝講(やさからいはいこう)が行われました。 八坂礼拝講は、昨年19年ぶりに復活した神仏習合の行事であります。
7月9日に京都市東山区の安井金比羅宮に参拝した後、北東に約10分歩き、知恩院にも参拝しました。 夏の知恩院では、池で、ハスとスイレンが花を咲かせます。 今回の参拝は、そのハスとスイレンを見ることが目的であります。