六波羅蜜寺の阿古屋塚の台石は古墳時代の家形石棺の蓋石

京都市東山区の六波羅蜜寺(ろくはらみつじ)に阿古屋塚という石塔が立っています。

阿古屋(あこや)は、平家の悪七兵衛景清(あくしちびょうえかげきよ)の愛人で、鎌倉幕府の追手から景清を救ったと伝えられる女性。

平安時代には、六波羅に平家の邸宅があったことから、当寺に阿古屋塚があるのは不思議ではないですね。

その阿古屋塚ですが、台石に使われている石は、古墳時代末期の石棺の蓋石と考えられています。

組合式家形石棺の蓋石

六波羅蜜寺には、京阪電車の清水五条駅から北東に約9分歩くと到着します。

南東角の入り口から境内に入ると、黒光りする観音さまが参拝者をお出迎え。

観音さま

観音さま

観音さまの奥に建つ大きな建物は本堂。

 

その本堂の南側に2つの塚が並んでいます。

左側は平清盛の塚、そして、右側が阿古屋塚です。

平清盛の塚(左)と阿古屋塚(右)

平清盛の塚(左)と阿古屋塚(右)

以前は、風雨にさらされていましたが、今は、屋根が設置され、周りは石造の囲いが施されています。

 

阿古屋塚は、石でできた円柱に笠が乗っかった姿をしており、平清盛の塚の五輪塔とはいささか形が異なっています。

阿古屋塚

阿古屋塚

 

そして、石棺の蓋石を用いた台石。

阿古屋塚の台石

阿古屋塚の台石

以前に紹介した書籍『京都 知られざる歴史探検』の上巻によると、台石に使われているのは、古墳時代後期の組合式家形石棺(くみあわせしきいえがたせっかん)の蓋石で、本来は2枚あったはずなのですが、今は1枚のみが残るとのこと。

蓋石の四方には長方形の縄掛突起があり、上の写真の台石の正面部分にも、かすかに長方形の出っ張りが確認でき、これが7世紀の組合式家形石棺の蓋石であることを示しているという。

石材は、兵庫県加古川市周辺で産出する竜山石(たつやまいし)。

古墳時代にはるばる兵庫県から京都市内まで運ばれてきたのか、それとも後の時代に移ってきたのか。

同書によると、「阿古屋塚に使われた家形石棺の石材は、今は失われてしまった京都盆地東部の古墳の様相を復元するための重要な史料になっている」と記されていることから、古墳時代に東山の地に運ばれてきたのでしょう。

 

阿古屋塚の建立時期は鎌倉時代と推定されているようです。

また、阿古屋が実在の女性なのか伝説上の女性なのかは、はっきりしていません。

彼女の知名度が上がるのは、江戸時代。

浄瑠璃の『出世景清』や歌舞伎の『壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)』で、阿古屋が登場したことによります。

女性としての阿古屋と六波羅蜜寺の阿古屋塚との関係には謎が多いですが、塚の台石は古墳時代の家形石棺の蓋石を転用したものであることは確かなようです。

 

なお、六波羅蜜寺の詳細については以下のページを参考にしてみてください。

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