8回目の焼失は蛤御門の変のとばっちり・天龍寺
京都市右京区の嵐山には、世界文化遺産に登録されている天龍寺があります。 天龍寺は、春と秋の観光シーズンになると多くの方が拝観に訪れる人気の観光名所ですが、実は8回も焼失しています。 現在の天龍寺は、明治時代に再建されたもので、最後に焼失したのは幕末のことです。
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京都市右京区の嵐山には、世界文化遺産に登録されている天龍寺があります。 天龍寺は、春と秋の観光シーズンになると多くの方が拝観に訪れる人気の観光名所ですが、実は8回も焼失しています。 現在の天龍寺は、明治時代に再建されたもので、最後に焼失したのは幕末のことです。
幕末の文久3年(1863年)8月18日に京都の政界で大きな事件が起こりました。 その事件は、後に八月十八日の政変や禁門の政変と呼ばれることになります。
京阪電車の清水五条駅から五条通(国道1号線)を東に向かって、坂道を20分ほど歩いた場所に清閑寺というお寺が建っています。 清閑寺は、境内にある要石(かなめいし)から西の方角を眺めると、左右の山の間から京都の街が扇状に開けて見えることで有名ですね。 扇状に開けた京都市街の景色・清閑寺 閑静な境内から京都の街を眺めていると日常のストレスから解放されるように心が和んでいきます。 そんな穏やかな気持ちにさせてくれる清閑寺ですが、幕末には当時の政治に大きな影響を与える謀議が行われていました。
京都御苑内にある京都御所は、四方を壁で囲まれています。 その壁の東北の角の折れ曲がった部分の屋根には猿がおり、それに由来して、この辺りは猿ヶ辻と呼ばれています。
新撰組が京都に登場したのは、文久3年(1863年)です。 その翌年には、新撰組を有名にした池田屋事件や蛤御門の変が起こっています。 当時の新撰組は、壬生の八木邸を屯所としていましたが、やがて隊士が増えてくると手狭になったため、もっと広い場所に屯所を移転する必要が出てきました。 そこで、慶応元年(1865年)3月10日に第2の屯所に移転することになります。 その第2の屯所が、現在、世界遺産に登録されている西本願寺です。
幕末の事件によく登場する宿のひとつに京都市伏見区の寺田屋があります。 例えば、慶応2年(1866年)には、坂本竜馬が宿泊中に伏見奉行所に捕えられそうになるといった事件が起こったりしています。 坂本竜馬危機一髪・寺田屋 この時の事件は、寺田屋で起こった事件の中でも歴史的に有名なのですが、その4年前の文久2年(1862年)4月23日には、薩摩藩の内部抗争があり、9名の犠牲者を出した寺田屋事件も起こっています。
京都に観光や旅行でお越しになる方の中には、新撰組ゆかりの地を訪ずれることを目的とされている方も多いのではないでしょうか。 そういった方にとって欠かすことができないのが、壬生の八木邸と壬生寺内にある壬生塚でしょう。
幕末の京都の治安維持にあたった組織として有名なのが新撰組。 結成されたのは、文久3年(1863年)3月ですが、その舞台となったのが中京区の壬生に建つ八木邸です。
鴨川に架かる橋には、五条大橋や四条大橋などたくさんありますが、その中でも比較的有名で、人通りが多い橋が三条大橋です。 この三条大橋は、東海道の西の端ということで、歴史の舞台にも登場することが多いのですが、幕末の池田屋事件では、2か所の擬宝珠(ぎぼし)に刀傷がついたとされています。
2010年7月21日追記:12月23日まで第2弾のスタンプラリーを開催しています。景品などの情報は下記ページをご覧ください。 坂本竜馬スタンプラリー第2弾も景品ゲットぜよ 2010年1月8日から5月9日まで京阪電車では、「おけいはん、龍馬とゆく!スタンプラリー」を開催しています。 今年の大河ドラマが龍馬伝ということもあって、京都ではこういったイベントがいろんなところで開催されていますね。 私も京阪電車のスタンプラリーに参加して景品をいただくことができました。