祇園祭前祭山鉾巡行-菊水鉾、保昌山、郭巨山・2018年

7月17日に御池通に祇園祭前祭(さきまつり)の山鉾巡行を見に行きました。

16基目の占出山が過ぎ、17基目の菊水鉾の登場です。

菊水鉾

背の高い菊水鉾がゆっくりと近づいてきます。

菊水鉾の登場

菊水鉾の登場

鉾頭には、16枚の菊花が付いていますが、沿道からでは見えません。

菊水鉾は、元治元年(1864年)の蛤御門(はまぐりごもん)の変で焼失した後、昭和27年(1952年)に88年ぶりに再建されました。

菊水鉾の囃子方

菊水鉾の囃子方

菊水鉾は、中断期間が長かったことから、町内にお囃子が全く伝承されておらず、月鉾の囃子方が兄弟鉾町の間柄から復活に協力し、13名が菊水鉾に移りました。

また、菊水鉾の装飾は、山鹿清華、皆川月華・泰蔵、小林尚珉など昭和の芸術家たちが協力して調えられました。

菊水鉾の胴懸

菊水鉾の胴懸

菊水鉾のように復元する鉾もありますが、いまだ復元していない山や鉾はたくさんあります。

保昌山

18基目に登場したのは保昌山(ほうしょうやま)です。

保昌山の登場

保昌山の登場

御神体は、和泉式部に恋した平井保昌が、彼女の願いを聞いて紫宸殿の梅を手折った姿を表しています。

保昌山の御神体

保昌山の御神体

また、御神体が着ている鎧は、明智光秀の甥が着ていたものと伝わっています。

保昌山の前懸、胴懸は、円山応挙の下絵による刺繍なのだとか。

保昌山の胴懸

保昌山の胴懸

保昌山は、ゆっくりと御池通を西に進んでいきました。

郭巨山

19基目は、郭巨山(かくきょやま)です。

郭巨山の登場

郭巨山の登場

御神体の郭巨は、貧しさのあまり家族を養いきれず、母を守るため子供を捨てようと決意します。

郭巨山の御神体

郭巨山の御神体

ところが、郭巨は、山中で財宝の詰まった釜を掘り当てたことから母親光孝ができました。

郭巨山は、その故事に由来する山です。

郭巨山の前懸は、上村松篁原画の秋草図です。

郭巨山の胴懸

郭巨山の胴懸

また、胴懸は円山応挙の師の石田幽汀の下絵だそうです。

郭巨山は、乳隠(ちかく)しと呼ばれる飾り板に胴懸などをかけて、その上を欄縁でさらに飾っているのが特徴です。

郭巨山も、ゆっくりと御池通を西に進んでいきます。

この後は、木賊山(とくさやま)の登場です。

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