京都の米騒動で大騒ぎとなった長徳寺
一揆。 この言葉から連想するのは、江戸時代や戦国時代に貧しい農民が徒党を組んで、時の権力者に反抗することではないでしょうか。 時代劇でも、その場面が出てくることがあるので、江戸時代以前の出来事のように思っている人が多いはず。 でも、一揆は近代になってからも起こっています。 その代表例は、大正7年(1918年)8月に起こった米騒動で、京都でも大きな騒ぎとなりました。
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一揆。 この言葉から連想するのは、江戸時代や戦国時代に貧しい農民が徒党を組んで、時の権力者に反抗することではないでしょうか。 時代劇でも、その場面が出てくることがあるので、江戸時代以前の出来事のように思っている人が多いはず。 でも、一揆は近代になってからも起こっています。 その代表例は、大正7年(1918年)8月に起こった米騒動で、京都でも大きな騒ぎとなりました。
現在、京都にはたくさんのお寺や神社があります。 寺社には、京都らしい建築物が多いので、国内だけでなく海外からもたくさんの旅行者が観光で訪れますね。 私も、よく京都のお寺や神社に観光目的で参拝することがあります。その時は、せわしない日常を忘れて心がスッキリとするというか、気持ちがとても和むんですよね。 このようなすがすがしい気持ちにさせてくれる寺社ですが、その中には、ドロドロの政治の世界と関わってきたからこそ、今日まで存続しているところがいくつもあります。 京都市左京区に建つ南禅寺も、そのひとつと言えるでしょう。
京都市左京区の下鴨神社の第一の摂社は、同じ糺(ただす)の森の中に建っている河合神社(かわいじんじゃ)です。 河合神社の禰宜(ねぎ)は、代々、鴨氏がつとめていました。 禰宜というのは、簡単にいうと、神職のひとつで祭祀に従事するのが役目です。 鎌倉時代に河合神社の禰宜になる予定でいたけど、なれなかった人がいます。 それは、方丈記の作者の鴨長明です。
京都を観光する場合、お寺を拝観することが多いと思います。 お寺といっても、宗派が異なっていると、建っている建物にも違いがあるわけで、どこでも同じものを鑑賞できるわけではありません。 私がこれまで京都のお寺に参拝して、立派な建物だなと感じたのは宸殿(しんでん)ですね。 宸殿は、皇室関係者が代々住職を勤めてきた門跡寺院(もんぜきじいん)特有の建物で、格式が高いのが特徴です。 今回の記事では、私がこれまでに見たことがある京都の門跡寺院の宸殿を紹介します。
京都市左京区の岩倉に石座神社(いわくらじんじゃ)という神社があります。 岩倉は、それほど観光客の方が訪れる場所ではないので、石座神社にお参りをする人も少なめです。 近くに実相院という有名なお寺があるのですが、そこを拝観した後、石座神社まで参拝に来る人もほとんどいません。ついでだから、石座神社にもお参りしたらいいのにと思うのですが、おそらく、神社の存在自体を知らないんでしょうね。 石座神社には、参道入り口に石造の鳥居が建っているのですが、境内の中にも小さめの鳥居が建っています。 初めて訪れた時は、その光景に違和感を感じました。
京都市左京区の岩倉を散策しているとき、山住神社という古社を訪れました。 私は、京都の神社にたくさん訪れていますが、その中でも山住神社は、独特の雰囲気を持っています。 なんと言うのか、自然の中に神々が宿っているような、そんな印象を受けます。
京都市左京区の岩倉を散策した時、大雲寺というお寺に立ち寄りました。 大雲寺は、江戸時代に発刊された「都名所圖會」に掲載されていた大寺院で、昭和に入ってもその姿を保っていました。 しかし、現在では、当時の伽藍はほとんど残っていません。
4月上旬に京都市左京区の実相院に桜を見に行ったついでに近くに建つ石座神社(いわくらじんじゃ)にもお参りをしました。 石座神社にお参りするのは今回が初めて。 何の情報もなく訪れたので、まさか桜が満開になっているなんて、思いもよりませんでした。
4月上旬に京都市左京区の下鴨神社を訪れました。 下鴨神社は、桜の数が少ないので、この時期に参拝する人は少なめです。 とは言え、世界遺産に登録されているので、参拝者がひとりもいないなんてことはないんですけどね。
4月の京都は、どこも観光客でにぎわっているので、静かにお花見したいという方にとっては、積極的に出かけたいところではないかもしれません。 有名な観光名所は、どうしても人が多いんですよね。 でも、探してみれば、穴場とされる桜の名所はあるものです。 京都市左京区の叡山電車の二ノ瀬駅から徒歩7分の場所にある白龍園という庭園も、そのひとつですね。