1月上旬に京都市伏見区の金札宮に参拝した後、南に約15分歩き、長建寺にも参拝しました。
島の弁天さんの愛称で親しまれる当寺は、巳年の昨年、多くの参拝者が訪れたものと思われます。
年が変わり、午年の今年は、どれくらいの人が弁天さまに福を授かりに訪れるでしょうか。
境内の隅に立つマリア灯籠
長建寺には、京阪電車の中書島駅から北東に約5分歩くと到着します。
金札宮から南下する途中に建つ酒蔵は、木の柱と白壁が、江戸時代を想像させる景観を残しています。
また、酒蔵に混ざって建つ飲食店も、酒造の街・伏見に溶け込む木造建築で、海外からの旅行者に喜ばれそうな外観。
そんなことを考えながら歩いていると、ブルーシートを被った十石舟が浮かぶ弁天浜が見えてきました。

弁天浜
春には大勢の観光客が乗る十石舟も、新春は運行なし。
浜を歩く人の姿も見られません。
長建寺の入り口は、十石舟乗り場の近く。
中国の建物かと思わせる龍宮門が建っています。

龍宮門
門前には、月桂冠が奉納した酒樽が2つ。

酒樽
まだ年明けから1週間くらいしか経っていないので、正月のめでたさを感じます。
龍宮門をくぐり石畳の参道へ。

参道
赤いのぼりには「弁財天」と記され、青いのぼりには「播磨 林田藩 建部政字(たけべまさのき)」と記されています。
元禄12年(1699年)に長建寺を建立したのが建部政字。
門前の説明書を一読していれば、青いのぼりの人名が不思議に感じることはないでしょう。
参道わきの手水鉢に流れているのは閼伽水(あかすい)で、仏さまに供えられる水。
伏見の名水として知られていますね。

閼伽水
それでは、本堂にお参りをし、弁天さまに財宝福徳のご利益を授かりましょう。
本堂に隣接した授与所では、御朱印をいただく参拝者がいらっしゃいました。
1月のこの時期は、京都伏見福めぐりが催されていますから、その御朱印をいただいているようです。
本堂にお参りを済ませた後、境内の隅に立つ灯籠のもとへ。
下の方を見るとマリアさまが刻まれているのがわかります。

マリア灯籠
江戸時代、禁教とされていたキリスト教ですが、マリア灯籠が当寺に立っているのは、この地に隠れキリシタンがいたことを物語っています。
こういう目立たないところに歴史を知る手掛かりが隠されているのが、京都散策の愉しみの一つであります。
1月の境内の景色
境内の片隅には、鎮守の福富稲荷が祀られていますが、お参りする人の姿を見ることは少なめ。

福富稲荷
この日も、鳥居が寂しそうにお参りに来る人を待っているかのようでした。
境内の中央にもお堂が建っており、左から青面金剛、山伏の本尊、不動明王、水天を祀っています。

境内中央のお堂
青面金剛は、病魔、悪鬼を払う神さまですから、寒いこの時期は風邪をひかないよう祈願しておきたいですね。
水天は、八方天の一尊(西方)の守護神で、水の神、河の神とされており、酒造が盛んな伏見に祀られているのに納得。
参道わきには、めずらしい和歌のおみくじも。

和歌のおみくじ
技芸上達のご利益を授けてくれる弁天さまを祀るお寺にふさわしい。
和歌おみくじの棚を見上げると、建物全体が大きな鐘楼であることに気づきます。

鐘楼
標準よりも立派な鐘楼で、江戸時代には三十石船に時を知らせていたそうです。
しかし、鐘は太平洋戦争時に軍に供出されて大砲の一部となり、現在は「みくじ舎」となっています。
戦時中は、多くのお寺で鐘が供出されており、長建寺もその一例でした。
鐘楼が残っていなければ、鐘が供出された事実に気づくこともなかったでしょうね。
弁天さまにお参りを済ませたので、そろそろ境内から出ることに。
龍宮門前の弁天浜は晴れていたものの、宇治川派流が凍っているのではないかと思えるほど緩やかに流れていましたよ。
なお、長建寺の詳細については以下のページを参考にしてみてください。