冬の興聖寺の境内・2023年

1月上旬に京都府宇治市の宇治上神社に参拝した後、東に約5分歩き、興聖寺(こうしょうじ)を訪れました。

宇治市のお寺と言えば、平等院が有名ですが、宇治観光の際は興聖寺にも立ち寄りたいですね。

冬の琴坂

興聖寺には、京阪電車の宇治駅から南東に約10分歩くと到着します。

JR宇治駅からだと東に徒歩約15分です。

興聖寺の参道の入り口に建つ石門の前にやって来ました。

石門

石門

石門をくぐると、緩やかな上り坂となっている参道が現れます。

この参道は、琴坂と呼ばれ、左右に多くのカエデが植えられています。

琴坂

琴坂

晩秋には、紅葉を楽しめる琴坂ですが、今はすっかり葉が落ち、カエデは枝だけになっています。

そのため、琴坂は、とても見晴らしが良くなっていましたよ。

琴坂を上った先には、龍宮門が建っています。

龍宮門

龍宮門

龍宮門の近くは、秋葉大権現の赤色ののぼりがたくさんありますね。

冬の境内

龍宮門をくぐると、さらに門が現れます。

門

その門をくぐると、山に抱かれるように本堂の法堂(はっとう)が建っています。

法堂

法堂

興聖寺は、曹洞宗の開祖の道元禅師が天福元年(1233年)に京都市伏見区深草に創建したのが始まりです。

しかし、その後、道元禅師が越前永平寺に移ったことなどで荒廃します。

再興されたのは、江戸時代の慶安元年(1648年)で、淀藩主の永井尚政が万安英種(ばんあんえいしゅ)を招き、現在の地に諸堂が建立されました。

それでは、法堂にお参りをしましょう。

本尊は、釈迦牟尼仏です。

法堂の床は鴬張りになっており、また、天井は関ケ原の戦いの前に伏見城を死守し自刃した鳥居元忠らの血がついた床を使用した血天井になっています。

堂内を拝観することもできるので、拝観を希望する方は、龍宮門近くの自動券売機で拝観券を購入してください。

法堂から境内の西側を眺めます。

僧堂

僧堂

秋葉大権現ののぼりの奥に見える建物は僧堂です。

僧堂は、参禅、喫飯、就寝等、修行僧の生活の基となる建物です。

僧堂の近くには、三面大黒天が祀られていますよ。

三面大黒天

三面大黒天

ガラスが反射して、大黒さまの姿がよくわかりませんね。

説明書によると、その昔、伝教大師最澄が、比叡山を開いたおり、大黒さまが出現し守護を誓われましたが、大師は比叡山三千坊の修行者を供養したいとさらに祈ったところ、毘沙門天と弁財天が合体した姿で、その願いを満たそうと三面の姿に変化したとのこと。

このような三面大黒天は、南区の東寺や東山区の圓徳院でも見られますね。

法堂にお参りする前にくぐった門を出ます。

そして、右に少し歩き手水舎に行くと、花手水がありました。

花手水

花手水

近年、お寺や神社で、このような花手水を見られるようになりましたが、もともとは草花に降りた朝露で手を清めることを花手水といったそうです。

手水舎の近くには、怖い顔をしたお不動さまがいらっしゃいました。

不動明王

不動明王

境内の西側にやって来ると、茶ノ木育成場があります。

茶ノ木育成場

茶ノ木育成場

ここにあるお茶の木は、琴坂両脇に自生している茶ノ木から挿し木して採集したものだそうです。

興聖寺が建立される前は、この一帯は朝日茶園と呼ばれる茶園が広がっていたとのこと。

琴坂両脇に残っている茶ノ木は、その当時から繁殖しており、品種検査の結果、栄西禅師が中国から日本に初めて伝えた茶ノ木の末裔に近いことが判明したそうです。

興聖寺では、毎年6月から7月にかけて挿し木を採集して、ここで育て、翌年3月頃に背後の仏徳山中に定植しているのだとか。

宇治は、お茶の産地として有名ですが、いずれ、興聖寺で育ったお茶を飲める時が来るかもしれませんね。

そろそろ興聖寺から出ましょう。

冬の興聖寺は、人がおらず静かだったため、冬の空気がより冷たく感じられましたよ。

この後は、恵心院に参拝します。

なお、興聖寺の詳細については以下のページを参考にしてみてください。

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