京都の桜散策コース-醍醐寺、勧修寺、大石神社編
京都市内の桜の名所で忘れてはいけないのが伏見区の醍醐寺ですね。 あの豊臣秀吉も盛大にお花見をしたお寺ですから、京都の桜を語る上で外すことはできません。 また、醍醐寺の近くには勧修寺(かじゅうじ)もあり、春になるときれいな桜を見ることができます。 そして、勧修寺から少し時間がかかりますが、大石神社にも足を伸ばしたいですね。
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京都市内の桜の名所で忘れてはいけないのが伏見区の醍醐寺ですね。 あの豊臣秀吉も盛大にお花見をしたお寺ですから、京都の桜を語る上で外すことはできません。 また、醍醐寺の近くには勧修寺(かじゅうじ)もあり、春になるときれいな桜を見ることができます。 そして、勧修寺から少し時間がかかりますが、大石神社にも足を伸ばしたいですね。
11月下旬に訪れた将軍塚大日堂。 青龍殿で青不動にお参りをし大舞台の眺めを楽しんだ後は、庭園に紅葉を見に行くことに。 庭園も新しく変わっているようなので、どのようなになったのか楽しみです。 紅葉も見ごろを迎えているはずですから、きっと美しい庭園を鑑賞できることでしょう。
11月下旬に京都市東山区の青蓮院(しょうれんいん)の紅葉を見た後、シャトルバスに乗って、その飛び地境内の大日堂へと向かいます。 大日堂では、青龍殿が完成したことを記念して、2014年10月8日から12月23日まで青不動の御開帳が行われています。 また、青龍殿の大舞台からは京都を一望できるということなので、こちらも楽しみなんですよね。
京都市山科区に建つ勧修寺(かじゅうじ)は、春の桜と秋の紅葉が美しいお寺です。 でも、知名度はそれほど高くないので、多くの参拝者が押し寄せるように訪れるということは滅多にありません。 なので、お花見も紅葉狩りものんびりとできますね。 京都市内では、割と穴場の桜名所であり紅葉名所でもあります。 ところで、勧修寺は桜と紅葉のどちらがきれいなのでしょうか。 もちろん、どちらもきれいなのですが、どちらか1回しか見に行けないという方もいらっしゃるでしょう。 ということで、勧修寺の桜と紅葉、どちらがおすすめかを私がこの記事で決めさせていただきます。
京都を観光する場合、お寺を拝観することが多いと思います。 お寺といっても、宗派が異なっていると、建っている建物にも違いがあるわけで、どこでも同じものを鑑賞できるわけではありません。 私がこれまで京都のお寺に参拝して、立派な建物だなと感じたのは宸殿(しんでん)ですね。 宸殿は、皇室関係者が代々住職を勤めてきた門跡寺院(もんぜきじいん)特有の建物で、格式が高いのが特徴です。 今回の記事では、私がこれまでに見たことがある京都の門跡寺院の宸殿を紹介します。
11月中旬に紅葉を見るために小野小町ゆかりの隨心院を訪れました。 最寄駅は地下鉄小野駅で、東に5分ほど歩くと到着します。 隨心院は、あまり紅葉の名所として知られていないため、秋の参拝者は少なめです。 なので、のんびりと拝観することができました。
京都市山科区の勧修寺(かじゅうじ)には、芝生が広がるとても開放感のある庭園があります。 勧修寺は、11月になると紅葉が見ごろとなり、芝生とともにきれいなモミジを観賞することができます。 ということで、11月中旬に勧修寺にお参りしてきました。
天智天皇と言えば、大化元年(645年)の大化の改新の中心人物として知られています。 まだ、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と呼ばれていた頃、中臣鎌足(なかとみのかまたり/藤原鎌足)とともに蘇我入鹿(そがのいるか)を暗殺し、その父の蘇我蝦夷(そがのえみし)も自害したことで、政治の中心が蘇我氏から天皇へと移りました。 その天智天皇が崩御したのは、天智天皇10年(672年)で、陵(みささぎ)は京都市山科区にあります。
その昔、今の滋賀県甲賀郡に佐治氏という豪族が住んでいました。 居城としていたのは佐治城で、代々この城を守ってきました。 しかし、天正13年(1585年)に佐治城は落城、城とともに佐治氏も滅亡しました。
江戸時代中期に3年がかりで行われた東海道日ノ岡峠の改修工事は、木喰正善養阿(もくじきしょうぜんようあ)が心血を注いで行った事業です。 日ノ岡は、今の京都市山科区にあり、この辺りは、車の交通量が多いですね。 山科区には、木喰遺跡と呼ばれるものがいくつかあり、地下鉄御陵(みささぎ)駅から南の方に10分ほど歩いた辺りにひっそりと建つ亀の水不動もそのひとつです。