
松に見入ってしまう満足稲荷神社
京都市左京区に満足稲荷神社という神社が建っています。 参拝すると満足できそうな社名ですが、実際に満足した人がいたから、このような社名になったんですよね。 満足したのは、あの豊臣秀吉です。 秀吉が、朝鮮出兵の際、稲荷神に祈願したところ連戦連勝で満足したことから、伏見城に稲荷神を祀りました。 そのお稲荷さんが、現在の満足稲荷神社なのです。
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京都市左京区に満足稲荷神社という神社が建っています。 参拝すると満足できそうな社名ですが、実際に満足した人がいたから、このような社名になったんですよね。 満足したのは、あの豊臣秀吉です。 秀吉が、朝鮮出兵の際、稲荷神に祈願したところ連戦連勝で満足したことから、伏見城に稲荷神を祀りました。 そのお稲荷さんが、現在の満足稲荷神社なのです。
9月19日に京都市左京区に建つ平安神宮の神苑を拝観しました。 この日は、神苑が無料開放されるので、とてもお得な日なのです。 時期的には萩やフジバカマといった秋の花が咲く頃ですが、それ以上にきれいだったのが、神苑の池と一緒に見る秋空でした。
9月19日。 この日は、京都市左京区の平安神宮で神苑が無料開放されます。 時期的に神苑内は、萩の花がたくさん咲いている頃です。 ということで、19日に平安神宮に萩の花を見に行ってきました。
9月中旬の晴れた日。 京都市左京区の南禅寺を訪れました。 南禅寺は、京都でも有名な禅寺で、春や秋といった観光シーズンには、多くの旅行者や観光客の方で境内が賑わいます。 まだ夏が終わったばかりなので、観光で訪れている人はそれほど多くないはずです。
京阪電車の三条駅の地下から地上に上がった北側に壇王法林寺(だんのうほうりんじ)が建っています。 立地条件としては申し分のない場所にあるのですが、参拝者の方はそれほど多くはありません。 でも、境内には保育園があるので子供たちの元気な声がいつも聞こえてきますね。 8月中旬。 まだ残暑が厳しい中、その壇王法林寺にお参りしてきました。
「今日は五十日(ごとび)だから道が混んで車が動かない」 このような話を聞いたことはありませんか? 五十日とは、5の倍数にあたる日のことで、江戸時代から商人たちがこの日に売掛金の回収を行う習慣がありました。 五十日に売掛金を集金する五十払いの習慣が今も続いているので、5の倍数の日には道路が混雑するわけですね。 五十払いの発祥地は、京都市左京区の赤山禅院です。 なぜ、このお寺が五十払いの発祥地なのでしょうか。
京都市左京区の糺(ただす)の森の中に建つ河合神社は、下鴨神社の第一摂社です。 糺の森に入ってすぐの場所にあることから、下鴨神社に参拝に訪れた方が、よく河合神社にもお参りをしていますね。 6月末。 私も下鴨神社に参拝したついでに河合神社にもお参りをしておきました。
梅雨真っ只中の6月末。 京都市左京区の下鴨神社に参拝してきました。 この時期は、カラッと晴れた日が少なく、どんよりとした雲が空を覆い尽くしている日が多くて、あまり京都観光に出かけようと思わないでしょうが、梅雨だからこそ見れる景色もあるもの。 さすがに雨の日は京都散策をしたくありませんが、曇りの日だと気温が高くないので観光にはむしろ良いですね。
京都市左京区に建つ金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)は、浄土宗四ヵ本山に数えられるお寺です。 浄土宗を開祖したのは法然上人です。 したがって、当寺は法然上人ゆかりのお寺であり、墓地近くに建つ御廟には法然上人の遺骨が祀られています。
文久3年(1863年)8月18日に京都政界で政変が起こりました。 それまでは、長州藩とそれを支持する公卿たちによって牛耳られていたのですが、彼らの政治のやり方があまりに強引だったため、孝明天皇の怒りを買い、京都から追放されてしまったのです。 これを八月十八日の政変と言います。 追放された長州藩士と公卿たちは、妙法院に集まり長州に落ち延びることを決断します。世に言う七卿落ちです。