
東福寺の維新戦役忠魂碑
慶応4年(1868年)正月3日に京都で鳥羽伏見の戦いが起こりました。 鳥羽伏見の戦いは、薩摩藩及び長州藩を中心とした新政府軍と旧幕府軍との間の戦いで、戊辰戦争(ぼしんせんそう)の幕開けとなりました。 京都には、鳥羽伏見の戦いの史跡がいろんなところにあり、京都市東山区の東福寺にも維新戦役忠魂碑が立っています。
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慶応4年(1868年)正月3日に京都で鳥羽伏見の戦いが起こりました。 鳥羽伏見の戦いは、薩摩藩及び長州藩を中心とした新政府軍と旧幕府軍との間の戦いで、戊辰戦争(ぼしんせんそう)の幕開けとなりました。 京都には、鳥羽伏見の戦いの史跡がいろんなところにあり、京都市東山区の東福寺にも維新戦役忠魂碑が立っています。
天正15年(1587年)に豊臣秀吉が北野大茶会を盛大に催しました。 お茶好きなら身分に関係なく誰でも参加できたそうですから、秀吉の太っ腹さがよくわかります。 この北野大茶会で、副席として用いられた茶室が、現在も京都市東山区の建仁寺に残っています。
6月15日に京都市東山区の智積院(ちしゃくいん)で青葉まつりが行われました。 この日は、庭園が無料で拝観でき、また金堂裏で満開になったアジサイを観賞しました。 梅雨の智積院庭園・2016年 智積院の金堂裏で満開になったアジサイ・2016年 梅雨の智積院は、他にも鐘楼の近くに生えている苔がきれいで、この時期に参拝した時には見ておきたいですね。
6月15日に京都市東山区の智積院(ちしゃくいん)に青葉まつりを見に行ってきました。 この日は、庭園が無料で拝観でき、また境内では様々な行事が行われます。 梅雨の智積院庭園・2016年 庭園を拝観した後、金堂の裏に行きました。 金堂の裏には、たくさんのアジサイが植えられており、梅雨の時期には、赤色、青色、紫色と様々な色の花を見れます。 それを目当てに参拝される方もいらっしゃいますね。
6月15日。 京都市東山区の智積院(ちしゃくいん)に参拝してきました。 この日は、毎年恒例の青葉まつりが行われ、名勝庭園が無料で拝観できます。 また、境内では様々な行事が催され、一日中、活気があります。
6月上旬に訪れた京都市東山区の圓徳院(えんとくいん)。 南庭を鑑賞し、襖絵などを拝観した後、北書院にやってきました。 梅雨に鑑賞する圓徳院の方丈南庭 圓徳院の庭園は、北書院の前に広がる北庭の方が有名で、参拝時には誰もが時間をかけてじっくりと眺めたくなるはずです。
梅雨入りした6月上旬。 京都市東山区の圓徳院(えんとくいん)に参拝してきました。 圓徳院は、京都の風情を感じることができる東山に建っています。 周辺には高台寺や八坂神社など人気の寺社が多く、いつ来ても、旅行者や観光客の方がたくさん歩いていますね。 でも、梅雨時は割と人が少なくなるので、きっと、圓徳院も落ち着いて拝観できるはず。 そう期待しながら、京阪電車の祇園四条駅から歩いて圓徳院に向かいました。
6月上旬。 京都市東山区の祇園界隈を散策しました。 散策と言っても、たまたま通りかかっただけなのですが。 この時期の祇園は、白川沿いでアジサイが花を咲かせ、梅雨らしい風景を見せてくれます。
天正元年(1573年)。 織田信長が力を持ち始めた頃、彼があっけなく命を落とすことを予言した人物がいました。 その人物の名は、安国寺恵瓊(あんこくじえけい)。 「信長之代、五年、三年は持たるべく候。明年辺は公家などに成さるべく候かと見及び申候。左候て後、高ころびに、あおのけに転ばれ候ずると見え申候。藤吉郎さりとてはの者にて候」 安国寺恵瓊は、織田信長の死を予言し、その後、信長の家臣に過ぎない木下藤吉郎(豊臣秀吉)が天下をとることを言い当てたのですから、戦国時代最高の予言者だと言えるでしょう。
5月下旬。 京都市東山区の東福寺に参拝してきました。 東福寺は、今の時期は新緑がきれいなのですが、他にも境内のいたるところで咲くサツキの花も美しいです。 今回の記事では、東福寺の境内で咲くサツキを紹介します。