10月上旬に京都市伏見区の西岸寺に参拝した後、東に約10分歩いて御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ)を訪れました。
途中、大手筋商店街の中を通ってきましたが、割と買い物客で賑わっていました。
商店街なので、緊急事態宣言中でも、人出が多かったのかもしれません。
そんなことを思いながら歩いていると、御香宮神社の朱色の鳥居が見えてきました。
桃山天満宮
御香宮神社は、近鉄電車の桃山御陵前駅、または京阪電車の伏見桃山駅から東に徒歩約3分の場所に建っています。
朱色の鳥居は道路をまたぐように建っており、その鳥居を抜けると、御香宮神社の表門の前に到着します。
毎年、今の時期は、御香宮神幸祭が催されるのですが、今年は中止です。
神輿渡御も取りやめとなっています。
まだ京都の社寺では、新型コロナウイルスの影響で、様々な行事が中止となっています。
表門をくぐると北に向かって石畳の参道が続きます。
参道をしばらく歩くと東側に桃山天満宮が建っています。
桃山天満宮は、学問の神さまの菅原道真を祀っています。
説明書によると、かつて、御香宮神社の東に蔵光庵というお寺があり、1390年頃にこの寺の僧の夢枕に菅原道真が立ち、その数年後に同門の僧から菅原道真の像が贈られてきたそうです。
それは、夢で見た姿と同じであったことから、僧は自分の学問を守ってくれる神さまだとし、寺の中に天満天神として祀りました。
これが、桃山天満宮の始まりで、江戸時代には、山ノ天神として伏見の寺子屋の子供たちは、2月と6月には必ずお祭りをしていたとのこと。
しかし、次第に荒廃してきたため、観音寺の僧教覚が町の中に移し、本谷市造と宮大工の坂田岩次郎の協力を得て20年間の歳月をかけ、1841年(天保12年)に工事が完成しました。
この時、坂田岩次郎は、使用していた大工道具を完成御礼として奉納し、この大工道具約70点は、日本の木造建築を支えた道具文化財として大切に保管されているそうです。
桃山天満宮の境内には、伏見城に使われていた石垣が多数置かれていますよ。
建設中の社
参道をさらに北に向かって歩きます。
秋晴れの空の下に建つのは、割拝殿です。
割拝殿は、中央が通路になっている拝殿で、珍しい形をしています。
特に御香宮神社の割拝殿は、装飾が美しく、いつまでも見続けたくなりますよ。
割拝殿の先に本殿があるので、お参りをしましょう。
御香宮神社は、徳川家康が伏見滞在中に3人の男子に恵まれたことから、子授けや安産のご利益があるとして信仰されています。
秋には、七五三参りに訪れる家族の姿をよく見かけるのですが、この日は、そのような参拝者はいませんでした。
11月になれば、七五三参りで賑わいそうですね。
本殿の北西には、末社がいくつか並んでいます。
それら末社が並ぶ場所に新たに社が建設されていました。
どのような社ができるのでしょうか。
社ではなく、別の目的の建物でしょうか。
完成してみないことにはわかりません。
末社の中には、御香宮神社が徳川家とゆかりのある神社とあって、東照宮も建っていますよ。
見上げれば、カエデの葉が色づき始めていました。
御香宮神社の紅葉は、毎年11月下旬に見ごろを迎えますよ。
割拝殿の東側に建つ絵馬堂。
お堂にかかっている絵馬は、色が落ち、何が描かれていたのかわからなくなっています。
それだけ、御香宮神社の歴史が長いということなんでしょうね。
本殿にお参りを済ませたので、そろそろ境内から出ることに。
秋晴れの爽やかな日でしたが、気温は30度まで上がり、夏のような暑さでした。
この後は、乃木神社に参拝します。
なお、御香宮神社の詳細については以下のページを参考にしてみてください。