平安時代後期、近衛天皇の時代に、毎夜、都を騒がす生き物がいました。
その姿は、頭は猿、尾は蛇、手足は虎。当時の人々は、その生き物を鵺(ぬえ)と呼びました。
源頼政が鵺退治に
「都を騒がす鵺を退治せよ」
近衛天皇から、その命を受けたのが源頼政です。
頼政は、深夜、鵺を退治するために御所の警護に就きます。
すると東三条の森の方から、黒い雲が沸き立ち月夜を覆い、鳥のような奇妙な鳴き声が響き渡ります。
頼政は、神明社に祈願をこめ、その鳴き声に向かって矢を放ち、見事仕留めます。そして、家来の猪早太(いのはやた)が駆け寄り、刀でとどめをさして鵺を退治したのです。
この時に鵺を射た2本の矢じりが神明神社の宝物として伝わっています。
神明神社は、四条烏丸のビジネス街から路地に入ったところにひっそりと建っています。この地は、藤原忠通の屋敷跡で、しばしば皇居とされた場所でもあり、その鎮守として建てられたのが神明神社です。
源頼政の鵺退治は、この時だけでなく二条天皇の時代にも行われたと言われています。二度目の鵺退治については、以下の2つのサイトで紹介されています。どちらも最初の鵺退治も含めて詳しく書かれていますね。
- 源頼政の鵺退治
ZUZU log | 源 頼政 鵺退治2011年5月5日追記:閉鎖しています。
なお、神明神社の由緒については以下のページを参考にしてみてください。