11月上旬に京都市中京区の天性寺(てんしょうじ)に参拝しました。
天性寺は、寺町通のアーケード街の一角に建つお寺です。
この辺りは、国内外からの旅行者の方で、とても賑わっていますが、天性寺にお参りをする人は少な目です。
ショッピングに夢中になっていると、気づかないのかもしれませんね。
諸願成就の大和天河辨財天
地下鉄京都市役所前駅から、寺町のアーケード街に入り、南に5分ほど歩くと天性寺の山門前に到着します。
この山門は、梶井宮家表門を移築したものだとか。
山門をくぐり境内に入ります。
境内には、車が数台駐車しているだけで無人です。
石畳の参道を進み、本堂の前にやって来ました。
それでは、本堂にお参りをしましょう。
天性寺は、大和国当麻寺(たいまでら)にいた眼誉(がんよ)が中将姫の遺徳を京都の人々に広めるために大永年間(1521-28年)に創建したのが始まりです。
元は堀川上立売の辺りにあったのですが、豊臣秀吉の命により現在地に移転しました。
中将姫は、天平年間(729-749年)に当麻寺に入って法如と名乗り、ハスの糸で当麻曼荼羅を織り、浄土に招かれた女性と伝えられています。
境内の東側に石造りの鳥居が建っています。
その鳥居の奥には、辨天堂があります。
この祠に祀られているのは、大和天河辨財天の分霊です。
辨天堂の説明書によると、ご神像の天河辨財天女像は、宇賀神辨財天であり、宇賀神王という龍神さまと八臂(はっぴ)の辨天さまが一体になっている神仏習合の神さまとのこと。
地蔵の辨天とも呼ばれており、諸願成就すると伝えられています。
辨財天の縁日は、巳の火であり、己巳(つちのとみ)の日は、巳の日のなかでもさらに縁起の良い辨財天の縁日だそうです。
大和天河辨財天は、天性寺の鎮守神で、あざのない子が授かると伝えられており、若い夫婦の参詣が多いのだとか。
振り返ると、本堂の頭上に秋空が広がっています。
まだ昼間なのに建物の影が長くのび、夕方のような雰囲気が境内に漂っていました。
秋は、日が沈むのが早いので時間があっという間に過ぎるような感覚がありますね。
境内の南側に建つ鐘楼。
吊鐘は、昭和60年(1985年)に再調されています。
本堂の近くに置かれている紅寿の句碑。
石には、「碁盤目に 世界の京として 灯里」と刻まれています。
近年、海外から多くの旅行者の方々が京都に訪れるようになっており、日本だけでなく世界的にも京都が有名になっているのを実感しますね。
そろそろ境内から出ることにしましょう。
帰り際に2人の若い女性の方が、天性寺に入ってきましたよ。
なお、天性寺の詳細については以下のページを参考にしてみてください。